Little Drummer Tiger's Jazzy Days
1998年生まれ、ギネス認定世界最年少ジャズドラマー大我の日々を綴るブログ。ライブの様子や共演者達との交流や会話などを中心に、日常生活、練習風景、成長の記録などをお届けします。
大我、世界最年少インストラクターになる!
ステレオから流れる4ビートに合わせ、鍋やフライパンを菜箸で叩いて遊んでいた大我は、5歳の誕生日に光り輝く黄色(スーパードラマー東原力也さんのドラムと同じ色)のキッズドラムセットをゲットしました。衣類からおもちゃにいたるまで、いろんな持ち物のほとんどがお姉ちゃんからのおさがりだった(赤ん坊の頃、よく花柄着せられてました)大我にとっては、初めて手に入れた「自分だけのもの」でした。大我がドラムを始めてから現在に至るまでにはいろんな偶然があったと思います。まず、楽器店の店頭にあのドラムセット見つけ、「今度のお誕生日、これがほしい!」と思い切って言ってみたこと。自宅に隣家が無く近隣への騒音をさほど気にせずドラムを叩けたこと。(片側は駐車場、もう片側が倉庫でした)そして、知人(ギターリストの山口武さん等々)のジャズミュージシャンから教えてもらったスクールが自宅から徒歩で通える距離だったこと。そしてそこで相性のよい素晴らしい師匠と出会えたこと。何より、その師匠とかけがえのない信頼関係を気付き上げることができたこと。意図して行った音楽的な努力や活動、ミュージシャンの方々との出会いといった要素はもちろんありますが、音楽的要素のほかにもまずこういったことのどれかが欠けていても、もしかしたら今のジャズドラマー大我はなかったかもしれないと思います。そういう運命なのかもしれません。
大我のスクールは、京都の北大路堀川の角にある「ミュージック・ラボ」。ドラムやピアノを中心にベース、ヴォーカルのコースもあり、またいろんな種類のアンサンブル(合奏)に力を入れておられることからジャズを学びたい人には特に充実した環境だと思います。大我の師匠はそのミュージック・ラボの校長・西代一博(にしよかずひろ)先生です。西代先生は、音符を見たことすらなくバスドラやハイハットに足が届かなかった幼稚園児・大我に、ジャズドラムの楽しさ、そしてその表現の厳しさもわかりやすくきっちり丁寧に教えてくださいました。「好きこそものの上手なれ」と言う言葉がありますが、それ以上に西代先生のリードが絶妙だったのだと思います。西代先生の指導の下、大我は4ビートやラテンのリズムなどジャズドラムのいろんな技術をあっという間に身に付けて行きました。そうやって叩き込んだ基礎のおかげで大我はジャムセッションや飛び入り、そしてストリートライブに挑戦する度胸を身につけ、結果としてミュージシャンとしての成長を加速させることができたのだと思います。
6歳からプロ活動を始めても大我はずっとミュージック・ラボに通い続けてきました。昨年ごろからはツアーが立て込んだりして不定期にはなりましたが、やっぱり要所で師匠に教えを請い、音楽性を確認し、迷いや疑問を拭い去る機会をもつことは欠かせません。ドラムを習い始めた頃の気持ちがよみがえり、音楽に向き合う精神がリフレッシュされるということもあるのでしょう。
さて先日、ミュージック・ラボでは定期発表会があり、初めての試みとして大我がインストラクターとして子供達とのドラムワークショップを開催するという企画がありました。「少年ドラマー「大我」を輩出した」ということが一因かどうかはわかりませんが、このところドラマーを志す幼児から小学生の受講者が激増し、中には目を見張るほど才能に溢れた子供さんも多いのだそうです。せっかく大我が身近にいるのだから、そういった才能をさらに伸ばす刺激と経験の場を与え、身近な目標を示してあげたいという趣旨でした。大我、インストラクターデビューです。しかし何しろ下は4歳の年中さんから上は大我と同じ5年生。進行がスムーズに行くとは限りません。演奏に関しては全く緊張することの無い大我ですが、この日はそういう意味でうまく進行するか心配でとーっても緊張していたようでした。
本番、筋書き通りぴったりに・・・と言うわけにはやはり行きませんでしたが、大我のリードは適切で子供達も生き生きとステージでドラムを披露しました。伴奏なしのフリーな感じではありましたが、中にはなかなかセンスの光る音楽性を持ったちびっ子ドラマーもいて興味深く、子供のもつ潜在的な能力には大変驚かされました。数十分のワークショップは全く飽きることなく楽しむことができました。大我本人も色々気を使って疲れたようではありますが、演奏パフォーマンスとはまた違った充実感・達成感を思った以上に感じたようでした。
ワークショップの様子

大我、一生懸命ちびっこ達をリード!
みんなそれぞれきらりと個性が光るドラマーたち!
「大我クンを目標にがんばります!」と頼もしい宣言に大我もにっこり

小学校一年生のカンタくんと!
おとうさんお手製のブリキドラム(すごい!)で熱演!すごいセンスの持ち主です。
写真には写ってませんが、4才のタクミ君、「ジャズ特有の粘りの有るライドシンバルを刻む」と大我パパも大絶賛!「ジャズドラマーになって欲しいな〜」と呟いていました。
大我センセ、お疲れ様でした。
実はこの企画は大好評で、大我のワークショップは定期的にミュージック・ラボで今後も開催していくことになりました。大我もますます気合を入れてがんばろうとやる気満々です!
*「ドラムレッスン」についてのお問い合わせ方は、ミュージックラボへ。
大我のスクールは、京都の北大路堀川の角にある「ミュージック・ラボ」。ドラムやピアノを中心にベース、ヴォーカルのコースもあり、またいろんな種類のアンサンブル(合奏)に力を入れておられることからジャズを学びたい人には特に充実した環境だと思います。大我の師匠はそのミュージック・ラボの校長・西代一博(にしよかずひろ)先生です。西代先生は、音符を見たことすらなくバスドラやハイハットに足が届かなかった幼稚園児・大我に、ジャズドラムの楽しさ、そしてその表現の厳しさもわかりやすくきっちり丁寧に教えてくださいました。「好きこそものの上手なれ」と言う言葉がありますが、それ以上に西代先生のリードが絶妙だったのだと思います。西代先生の指導の下、大我は4ビートやラテンのリズムなどジャズドラムのいろんな技術をあっという間に身に付けて行きました。そうやって叩き込んだ基礎のおかげで大我はジャムセッションや飛び入り、そしてストリートライブに挑戦する度胸を身につけ、結果としてミュージシャンとしての成長を加速させることができたのだと思います。
6歳からプロ活動を始めても大我はずっとミュージック・ラボに通い続けてきました。昨年ごろからはツアーが立て込んだりして不定期にはなりましたが、やっぱり要所で師匠に教えを請い、音楽性を確認し、迷いや疑問を拭い去る機会をもつことは欠かせません。ドラムを習い始めた頃の気持ちがよみがえり、音楽に向き合う精神がリフレッシュされるということもあるのでしょう。
さて先日、ミュージック・ラボでは定期発表会があり、初めての試みとして大我がインストラクターとして子供達とのドラムワークショップを開催するという企画がありました。「少年ドラマー「大我」を輩出した」ということが一因かどうかはわかりませんが、このところドラマーを志す幼児から小学生の受講者が激増し、中には目を見張るほど才能に溢れた子供さんも多いのだそうです。せっかく大我が身近にいるのだから、そういった才能をさらに伸ばす刺激と経験の場を与え、身近な目標を示してあげたいという趣旨でした。大我、インストラクターデビューです。しかし何しろ下は4歳の年中さんから上は大我と同じ5年生。進行がスムーズに行くとは限りません。演奏に関しては全く緊張することの無い大我ですが、この日はそういう意味でうまく進行するか心配でとーっても緊張していたようでした。
本番、筋書き通りぴったりに・・・と言うわけにはやはり行きませんでしたが、大我のリードは適切で子供達も生き生きとステージでドラムを披露しました。伴奏なしのフリーな感じではありましたが、中にはなかなかセンスの光る音楽性を持ったちびっ子ドラマーもいて興味深く、子供のもつ潜在的な能力には大変驚かされました。数十分のワークショップは全く飽きることなく楽しむことができました。大我本人も色々気を使って疲れたようではありますが、演奏パフォーマンスとはまた違った充実感・達成感を思った以上に感じたようでした。
ワークショップの様子

大我、一生懸命ちびっこ達をリード!
みんなそれぞれきらりと個性が光るドラマーたち!
「大我クンを目標にがんばります!」と頼もしい宣言に大我もにっこり


小学校一年生のカンタくんと!
おとうさんお手製のブリキドラム(すごい!)で熱演!すごいセンスの持ち主です。
写真には写ってませんが、4才のタクミ君、「ジャズ特有の粘りの有るライドシンバルを刻む」と大我パパも大絶賛!「ジャズドラマーになって欲しいな〜」と呟いていました。
大我センセ、お疲れ様でした。
実はこの企画は大好評で、大我のワークショップは定期的にミュージック・ラボで今後も開催していくことになりました。大我もますます気合を入れてがんばろうとやる気満々です!
*「ドラムレッスン」についてのお問い合わせ方は、ミュージックラボへ。
春、ツアーがんばりました!その3
春ツアーレポートその3でーす。
(その1から順番に読んでね〜!)
Tiger, Burning Bright+松井宏樹(as)で北陸・関東ツアー!&グルメ!
まずは地元ラジオ(生放送)

ラジオをお聞きのリスナーにご挨拶。
「皆さんこんにちは!大我です!」
「ピアノの辻です!」
「サックスの松井です!」
「ベースを演奏しております、デミリ・・デデ出宮です」
「???」
出だしの挨拶でつまずくデミヤン!全員肩を震わせ、笑いをこらえるのに必死でした。
放送後「ベースを演奏しております・・・って、何でお前だけそんな言い方になるねん!」「何で自分の名前を噛むねん?」と全員にツッコまれてました
金沢もっきりや
とってもおだやかで優しいマスター。「いつでもウチに来てね!」と、TBBをえらく気に入ってもらいました。
この日から、北日本放送のミニ密着取材がありました。(5月6日放送)
富山ラッシュライフ
30席弱のお店に50人程のお客さん!酸欠状態の熱いライブとなりました。
北陸ツアーには富山在住の天才発明家少年の良太君が2日続けて遊びに来てくれ、大我のために発明品をプレゼントしてくれました。電動で動くドラムセットです
ずいぶん手が込んでいて、作り上げるのに相当な労力を要したであろう大作です。良太君、ありがと〜
この日は、良太君のお母さんがライブ前に一席もうけて下さいました。行きつけの小料理屋さんとのことですが、さすが地元!海の幸をたらふく頂きました。尋常ではない新鮮さ!
「マジ、ヤバイッス!」とジーツーとデミヤンとミッチャン。大我もお造りを沢山頂きました。
「あ〜打ち上げで食べたかったな〜」とライブ前なのでアルコールは控えめにしてマッタリしていると電話が鳴りました。「何かトラブルでも有ったのですか?」とテレビ局取材担当者から。ふと時計を見ると開演時間が過ぎている!・・・慌てて戻るぐらいお魚が美味しすぎました。
打ち上げはラッシュライフで、お寿司とホタルイカのパスタ!マスター、ママさん、良太君とお母さん、有難うございました!
クックテールくぼた
北陸最終日は長岡。この日は嵐でした。電車が止まったり大変だったようですが、高速道路は速度制限が有ったものの、無事会場入りすることができました。(大我ファンのHさん、お疲れ様でした)
会場はBarとの事だったので小さいお店だと思っていたのですが、とても大きなお店でした。普段はテーブルとテーブルの間を広くとり、ゆったりとした空間の40席ほどのお店だそうですが、この日は60名程のお客さんが来られ、大盛況でした。オーディエンスは非常に熱く、下関のビリーを思い出すほどでした。あるお客さんは、アート・ブレイキーもエルヴィン・ジョーンズも見たけど、全くひけをとらない!信じられん!と立ちつくされていました。沢山のお客様から「絶対又来てね!」と最高の言葉をかけていただきました。そして・・・
打ち上げ〜
お店のマスターとスタッフ二人が本当に優しく、ノリがよく、大いに盛り上がりました。
炉端焼きでの打ち上げをご用意いただいたのですが、メニューの端から端まで注文していただき、お持ち帰りには(米
!新潟は米です!)美味しいおにぎり
まで持たせていただきました。以前、新潟に行った大我はメンバーに「ほんま、メッチャクチャ美味いで〜!コンビニのおにぎりなんかとぜんぜん違うで〜!」と自慢していたので、新潟ライブの目的の一つ「メンバー一緒におにぎりを食べる!」ことが実現し、みんな感動してました。
各地方に行くと関西のノリが今一伝わらず苦労するのですが、マスターとスタッフのお二人はほんと、関西でも十分やっていけるくらい個性が強く、腹の底から笑える楽しいひと時でした。
皆さん!ありがと〜!あ・い・う・え・お・作文、長岡で広めてくださいね〜!!!
翌日、長岡の定食屋さんでやっぱり美味しいお米の定食をたいらげ、陸路東京へ。
ホテルチェックイン後、大我パパは矢野沙織ちゃんの事務所の社長さんと渋谷でミーティング。
大我とメンバーはショッピングに。その後合流して、「何たべる?」「北陸で魚三昧やったから肉!」ということで新大久保のコリアンタウンで焼肉となりました。牛生肝、舌刺し、生センマイ、カルピ・・・大我は定番の物を自分で注文。「ヨギヨ!ユッケ、トウルキム、パン、ジュセヨ!」(前にもこのブログに書きましたが、ライスの事を韓国語でパンと言います)
大いに盛り上がってるとサプライズが・・・今日は大我パパの誕生日。何故みんながショッピングに出かけたか?大我パパへのプレゼントを・・・ということだったのです。趣向をこらしたプレゼントに喜んだ大我パパは店を出た後、路上でジーツとデミヤンとマサイ(松井)を捕まえプロレスを始めました。「なんでやねん!」
血だらけになった4人と、あきれ返る大我とみっちゃんはその勢いのまま大塚のライブハウス「ドンファン」へなだれ込み、外が明るくなるまでセッションしてました。
六本木アルフィー
スペシャルフィーチャーは、テナーの鈴木央紹さん。
さすが央紹さん!TBBのアレンジ曲も一度通しただけでバッチリ!アプローチもアドリブも凄いです!
ジーツーもデミヤンも初共演でしたが、央紹さんの凄さに感動していました。
この日は、敬愛する故・日野元彦師匠のメモリアルウイークでの演奏となり、一層気持も引き締まりました。
ジーツーとデミヤンと大我パパは筋肉痛です。

日野皓正クインテットのレギュラードラマーとして活躍する18歳の和丸くんも遊びに来てくれました!
和丸クンとマサイ(松井)クンの飛び入りがあり、とっても盛り上がりました。
長野の美鈴楽器、一年ぶり〜!
社長さん、スタッフの皆さんに温かく出迎えていただきました。
サウンドチェック終了後、腹ごしらえに。もちろん!蕎麦です!生蕎麦!ザルで!
この日も沢山のお子様連れのお客様に来ていただきました。なかでも、某大学病院のドクターが来ておられ「演奏に圧倒され、放心状態で席から立てなかった」との嬉しいお言葉も頂きました。
打ち上げ〜!
楽しみの一つ、恒例の温泉施設での打ち上げです。食堂もある美鈴楽器の保養所へ。
温泉に浸かり(ジーツーとデミヤンは温泉に併設する温泉プールでハシャギ、(管理人に「プールの時間は終了してます!」と注意されてました)ホッコリしたところで、しこたま飲む飲む飲む!アテはもちろん野沢菜漬け!
〆は八ヶ岳自然文化会館
大我のジイジイとバアバアが企画するコンサートに友情出演。
ジイジイが指導する二つのコーラスグループとバアバアが所属するオカリナのグループが出演する無料コンサート。
ジイジイとバアバアが今回の定額給付金の使い方を考え、TBBがせっかく長野に来るのであれば、日ごろお世話になっている皆さんに聞いていただこうっと、会場を借り手作りコンサートを開いたのです。素人が企画し、参加者が高齢で、どうなることかと心配しましたが、プロのプロデユーサーの大我パパが就いてるから安心。250名もの観客に楽しんでもらう事ができました。
いっぱいがんばったので…

バーニングブライト杯マレットゴルフ大会
&バーベキュー大会
&屋根にボールを放り投げ、指定された者がボールをキャッチできなければ全員その場から逃げ、ストップの合図で止まり、近い人にボールを当て、はずれれば壁に貼り付けの刑にされ、ボールを思いっきり体に向けて投げ込む・・・大会!(って何ていう名の遊びでしたっけ?)
マレットゴルフ大会の優勝
はジーツーでした!初体験のデミヤンもみっちゃんも上手でしたよ!
それにしてもこうしてレポートしていると毎回思うのですが、ドラムを演奏するということを通し、なんとお友達の輪が広がったことか… 今では、港港にお友達ができちゃった大我です。一期一会の出会いが満載のツアー。各会場へ来た下さった多くのお客様に感謝するとともに、またお会いできることを本当に楽しみに、またがんばろうと気を引き締める大我です。
さて、ツアー中、ライブに来ていただいたお客様の中には、MCの一部として生バルセロナ・リポートをステージ上の大我本人からお聞きいただいた方もおられることかと思います。 本人の作文引用というブログのバルセロナリポートは大変好評でしたが、ステージでリポートした内容が含まれてなかったですよね。そうです!食中毒事件!最終日近くなって、なんとじーつー、デミやん、それに通訳さんまでが食中毒でバッタバッタ倒れてしまったというエピソードです。鉄壁の「食べるものチェック係」(大我パパ:アカンものは絶対に嗅ぎわける嗅覚&味覚の持ち主。でも、食べるべきものは泣いてでも食べさされる大我である…)がついている大我だけはピンピンして3人をホテルに残してサッカー観戦に行ったわけですが、帰国の途での飛行機では、こんな写真がカメラに納まっていました。

一足先にちょっと具合がよくなったデミやん、まだちょっと具合悪い感じでぐったりするジーツー先輩をなぜかモノごっつ嬉しそうに、ほくそ笑んで見ています。一体なんでそんなに嬉しそうなんでしょうかねえ…
ミュージシャンもまた体が資本。気をつけないとね!
しかし最近では、新型インフルエンザ流行の影響で大きなコンサートが中止になったりして、エンターテインメントの業界には不可抗力による受難の時ですね。実は大我もその影響をもろに受け、予定されていた夏のヨーロッパでの演奏がなんとイベントごとキャンセルになってしまいました。
過剰反応はよくないとは思いつつ、相手が目に見えないウイルスなだけになんとも不気味です。罹患された方は、隔離されたり検査続きだったりでしょうしお気の毒で仕方ありません。一日も早くこの事態が終息し、みんな大口開けて大笑いしながらぎゅっとハグしあえる日が戻ることを願うばかりです。
(その1から順番に読んでね〜!)
Tiger, Burning Bright+松井宏樹(as)で北陸・関東ツアー!&グルメ!
まずは地元ラジオ(生放送)

ラジオをお聞きのリスナーにご挨拶。
「皆さんこんにちは!大我です!」
「ピアノの辻です!」
「サックスの松井です!」
「ベースを演奏しております、デミリ・・デデ出宮です」
「???」
出だしの挨拶でつまずくデミヤン!全員肩を震わせ、笑いをこらえるのに必死でした。
放送後「ベースを演奏しております・・・って、何でお前だけそんな言い方になるねん!」「何で自分の名前を噛むねん?」と全員にツッコまれてました

金沢もっきりやとってもおだやかで優しいマスター。「いつでもウチに来てね!」と、TBBをえらく気に入ってもらいました。
この日から、北日本放送のミニ密着取材がありました。(5月6日放送)
富山ラッシュライフ30席弱のお店に50人程のお客さん!酸欠状態の熱いライブとなりました。
北陸ツアーには富山在住の天才発明家少年の良太君が2日続けて遊びに来てくれ、大我のために発明品をプレゼントしてくれました。電動で動くドラムセットです
ずいぶん手が込んでいて、作り上げるのに相当な労力を要したであろう大作です。良太君、ありがと〜
この日は、良太君のお母さんがライブ前に一席もうけて下さいました。行きつけの小料理屋さんとのことですが、さすが地元!海の幸をたらふく頂きました。尋常ではない新鮮さ!
「マジ、ヤバイッス!」とジーツーとデミヤンとミッチャン。大我もお造りを沢山頂きました。
「あ〜打ち上げで食べたかったな〜」とライブ前なのでアルコールは控えめにしてマッタリしていると電話が鳴りました。「何かトラブルでも有ったのですか?」とテレビ局取材担当者から。ふと時計を見ると開演時間が過ぎている!・・・慌てて戻るぐらいお魚が美味しすぎました。
打ち上げはラッシュライフで、お寿司とホタルイカのパスタ!マスター、ママさん、良太君とお母さん、有難うございました!
クックテールくぼた北陸最終日は長岡。この日は嵐でした。電車が止まったり大変だったようですが、高速道路は速度制限が有ったものの、無事会場入りすることができました。(大我ファンのHさん、お疲れ様でした)
会場はBarとの事だったので小さいお店だと思っていたのですが、とても大きなお店でした。普段はテーブルとテーブルの間を広くとり、ゆったりとした空間の40席ほどのお店だそうですが、この日は60名程のお客さんが来られ、大盛況でした。オーディエンスは非常に熱く、下関のビリーを思い出すほどでした。あるお客さんは、アート・ブレイキーもエルヴィン・ジョーンズも見たけど、全くひけをとらない!信じられん!と立ちつくされていました。沢山のお客様から「絶対又来てね!」と最高の言葉をかけていただきました。そして・・・
打ち上げ〜

お店のマスターとスタッフ二人が本当に優しく、ノリがよく、大いに盛り上がりました。
炉端焼きでの打ち上げをご用意いただいたのですが、メニューの端から端まで注文していただき、お持ち帰りには(米
!新潟は米です!)美味しいおにぎり
まで持たせていただきました。以前、新潟に行った大我はメンバーに「ほんま、メッチャクチャ美味いで〜!コンビニのおにぎりなんかとぜんぜん違うで〜!」と自慢していたので、新潟ライブの目的の一つ「メンバー一緒におにぎりを食べる!」ことが実現し、みんな感動してました。各地方に行くと関西のノリが今一伝わらず苦労するのですが、マスターとスタッフのお二人はほんと、関西でも十分やっていけるくらい個性が強く、腹の底から笑える楽しいひと時でした。
皆さん!ありがと〜!あ・い・う・え・お・作文、長岡で広めてくださいね〜!!!
翌日、長岡の定食屋さんでやっぱり美味しいお米の定食をたいらげ、陸路東京へ。
ホテルチェックイン後、大我パパは矢野沙織ちゃんの事務所の社長さんと渋谷でミーティング。
大我とメンバーはショッピングに。その後合流して、「何たべる?」「北陸で魚三昧やったから肉!」ということで新大久保のコリアンタウンで焼肉となりました。牛生肝、舌刺し、生センマイ、カルピ・・・大我は定番の物を自分で注文。「ヨギヨ!ユッケ、トウルキム、パン、ジュセヨ!」(前にもこのブログに書きましたが、ライスの事を韓国語でパンと言います)
大いに盛り上がってるとサプライズが・・・今日は大我パパの誕生日。何故みんながショッピングに出かけたか?大我パパへのプレゼントを・・・ということだったのです。趣向をこらしたプレゼントに喜んだ大我パパは店を出た後、路上でジーツとデミヤンとマサイ(松井)を捕まえプロレスを始めました。「なんでやねん!」
血だらけになった4人と、あきれ返る大我とみっちゃんはその勢いのまま大塚のライブハウス「ドンファン」へなだれ込み、外が明るくなるまでセッションしてました。
六本木アルフィースペシャルフィーチャーは、テナーの鈴木央紹さん。
さすが央紹さん!TBBのアレンジ曲も一度通しただけでバッチリ!アプローチもアドリブも凄いです!
ジーツーもデミヤンも初共演でしたが、央紹さんの凄さに感動していました。
この日は、敬愛する故・日野元彦師匠のメモリアルウイークでの演奏となり、一層気持も引き締まりました。
ジーツーとデミヤンと大我パパは筋肉痛です。

日野皓正クインテットのレギュラードラマーとして活躍する18歳の和丸くんも遊びに来てくれました!
和丸クンとマサイ(松井)クンの飛び入りがあり、とっても盛り上がりました。
長野の美鈴楽器、一年ぶり〜!社長さん、スタッフの皆さんに温かく出迎えていただきました。
サウンドチェック終了後、腹ごしらえに。もちろん!蕎麦です!生蕎麦!ザルで!
この日も沢山のお子様連れのお客様に来ていただきました。なかでも、某大学病院のドクターが来ておられ「演奏に圧倒され、放心状態で席から立てなかった」との嬉しいお言葉も頂きました。
打ち上げ〜!
楽しみの一つ、恒例の温泉施設での打ち上げです。食堂もある美鈴楽器の保養所へ。
温泉に浸かり(ジーツーとデミヤンは温泉に併設する温泉プールでハシャギ、(管理人に「プールの時間は終了してます!」と注意されてました)ホッコリしたところで、しこたま飲む飲む飲む!アテはもちろん野沢菜漬け!
〆は八ヶ岳自然文化会館大我のジイジイとバアバアが企画するコンサートに友情出演。
ジイジイが指導する二つのコーラスグループとバアバアが所属するオカリナのグループが出演する無料コンサート。
ジイジイとバアバアが今回の定額給付金の使い方を考え、TBBがせっかく長野に来るのであれば、日ごろお世話になっている皆さんに聞いていただこうっと、会場を借り手作りコンサートを開いたのです。素人が企画し、参加者が高齢で、どうなることかと心配しましたが、プロのプロデユーサーの大我パパが就いてるから安心。250名もの観客に楽しんでもらう事ができました。
いっぱいがんばったので…

バーニングブライト杯マレットゴルフ大会

&バーベキュー大会

&屋根にボールを放り投げ、指定された者がボールをキャッチできなければ全員その場から逃げ、ストップの合図で止まり、近い人にボールを当て、はずれれば壁に貼り付けの刑にされ、ボールを思いっきり体に向けて投げ込む・・・大会!(って何ていう名の遊びでしたっけ?)
マレットゴルフ大会の優勝
はジーツーでした!初体験のデミヤンもみっちゃんも上手でしたよ!それにしてもこうしてレポートしていると毎回思うのですが、ドラムを演奏するということを通し、なんとお友達の輪が広がったことか… 今では、港港にお友達ができちゃった大我です。一期一会の出会いが満載のツアー。各会場へ来た下さった多くのお客様に感謝するとともに、またお会いできることを本当に楽しみに、またがんばろうと気を引き締める大我です。
さて、ツアー中、ライブに来ていただいたお客様の中には、MCの一部として生バルセロナ・リポートをステージ上の大我本人からお聞きいただいた方もおられることかと思います。 本人の作文引用というブログのバルセロナリポートは大変好評でしたが、ステージでリポートした内容が含まれてなかったですよね。そうです!食中毒事件!最終日近くなって、なんとじーつー、デミやん、それに通訳さんまでが食中毒でバッタバッタ倒れてしまったというエピソードです。鉄壁の「食べるものチェック係」(大我パパ:アカンものは絶対に嗅ぎわける嗅覚&味覚の持ち主。でも、食べるべきものは泣いてでも食べさされる大我である…)がついている大我だけはピンピンして3人をホテルに残してサッカー観戦に行ったわけですが、帰国の途での飛行機では、こんな写真がカメラに納まっていました。

一足先にちょっと具合がよくなったデミやん、まだちょっと具合悪い感じでぐったりするジーツー先輩をなぜかモノごっつ嬉しそうに、ほくそ笑んで見ています。一体なんでそんなに嬉しそうなんでしょうかねえ…
ミュージシャンもまた体が資本。気をつけないとね!
しかし最近では、新型インフルエンザ流行の影響で大きなコンサートが中止になったりして、エンターテインメントの業界には不可抗力による受難の時ですね。実は大我もその影響をもろに受け、予定されていた夏のヨーロッパでの演奏がなんとイベントごとキャンセルになってしまいました。
過剰反応はよくないとは思いつつ、相手が目に見えないウイルスなだけになんとも不気味です。罹患された方は、隔離されたり検査続きだったりでしょうしお気の毒で仕方ありません。一日も早くこの事態が終息し、みんな大口開けて大笑いしながらぎゅっとハグしあえる日が戻ることを願うばかりです。
春、ツアーがんばりました!その2
春ツアーレポートその2です。
続いては、Tiger, Burning Brightの西日本・九州ツアー&グルメ旅
!
倉敷クッキージャー
こじんまりとした素敵なお店!子ども連れのお客様が多く、アットホームな感じで迎えていただきました。
ここに来る途中、デミヤンが高速で覆面パトに御用
!オフの日の釣り道具の準備で出発が遅れ、急いでいたとのこと。その準備の仕方を色々聴きましたが、文章に書けないぐらい天然なデミヤン
でした。ゆとりを持って準備しよう!
博多ニューコンボ
博多では老舗的ジャズクラブ。東京の有名ミュージシャンもよくここでライブをやってます。福岡に行かれる際は是非お立ち寄りください。
この日は富山から発明キッズの良太君親子とからくりTVでおなじみのちびっこドラマー廉くん親子が遊びに来てくれました!飛び入り演奏も!
この日からジーツーの奥さん(みっちゃん)も「美味しいものいっぱい食べるぞ〜」と合流!
イオン宮崎
福岡から宮崎に入る前のサービスエリアで「デミヤン、ガソリンは大丈夫か?」「ハイ!大丈夫です!」順調に高速道を走り、後3つ目の出口で市内に入ろうとしていたところ、デミヤン号が途中の出口で降りて行った???「どうした?」 「ガス欠になりそうです!」 「はぁ?」・・・どうです!皆さん!
天然
でしょ!?
イオン終了後、宮崎の親戚の叔父さん達が打ち上げパーティを用意してくれていました。
郷土料理のフルコース!宮崎の地鶏、宮崎牛の鉄板焼き、新鮮なお造り、お椀物、ちらし寿司・・・ジーツーもデミヤンもみっちゃんも、「メッチャ美味いけど食べきれへん!」と云う位、物凄〜いリッチなお料理をいただきました。
日南しゃんしゃん茶屋
宮崎のお友達、民謡歌手のタカアキ君、アンナちゃんの両親が経営するお店。
ここでも山盛りのご馳走をいただきました。
目の前には日向灘が広がり、その美しい海からタカアキ君のお父さんが伊勢海老を大量に捕獲してきて、お造りや塩焼きに!みなさん!伊勢海老だけでお腹いっぱいになったこと有りますか〜
2日間のランチもここでいただきました。本当に美味しいうどん、名物鳥南蛮・・・ご馳走様でした!

オフはイチゴ狩り
&TBB杯の釣り大会!
宮崎の民謡兄妹とその従兄達、名古屋から駆けつけてくれた大我応援団、リョウ&アヅサ兄妹も一緒にチビッコ軍団はパワー全開のオフデー!
日南海岸を何往復もして釣り場を探したジーツーとデミヤン。子供たちにかっこいいところを見せようと覆面パトに捕まってまでも釣り道具を用意しTBB釣り大会を企画したデミヤン!
でも釣りの成果は子供たちが上位を独占。次にデミヤン。最後にジーツー。ジーツーに至っては成果一匹プラス漁船の波をかぶってビショ濡れ
子どもたちに大笑いされ、散々な一日でした。
その夜は宮崎の繁華街に出かけ、宮崎の地鶏専門店に!
子供達は地鶏のお造りやユッケ、炭火焼に食らいつき、大人たちは鳥肝の塩辛などの珍味と宮崎焼酎の飲み比べで大いに堪能しました。
熊本ぺいあPLUS
繁華街の中に在るとっても広いお店。
この日もドラムや他の楽器をやっているという沢山のキッズのお客さんが来ていました。
そして大我が初めて会う熊本の親戚の叔父さん夫婦も。
CDや大我Tシャツも皆さんにご購入いただき、有難うございました。
そして打ち上げ〜!
熊本と言えば?そうです!馬!(大我は「かわいそうやけど旨い」と言って食べます)
馬の肝、心臓、舌、胃袋、胆のう、腹肉のお造り!馬スジの煮込み、テール煮込み・・・なかなかこの種は味わえません!食の台所である大阪でも、冷凍の馬刺し、たて髪のお造り位しか食せません。
この馬の生肝、最高です!牛のような臭いやクセが全く無く、歯ごたえが強く甘いのです!
この生肝を一口食したジーツー、「ウオ〜!!!」と叫んで絶句!デミヤンは「バリ、旨いっす!旨いっす!馬いっすウ〜〜〜!!!」とハシャギまくりながら、二人とも球磨焼酎を何種類も飲みまくり!
それを横目に大我は馬ユッケ、馬トロ寿司をガッツリ!(臓物系は苦手です)
実を言うとジーツーは、大我パパと知り合った8年ほど前、コップ一杯のビールで倒れるほどアルコールが飲めませんでした。「ジャズミュージシャンをやっていくのであれば、そういう事ではダメだ!」と星一徹劇場がはじまりました。はじめの3年間、涙と色んな物を排泄しながら大我パパに相当鍛えられました。そして現在、星一徹監督の下、芋焼酎通のコーチとして後輩選手の指導者となったのです。
デミヤン選手も同じく、全くと言っていいほど飲めませんでした。
TBBのベーシスト候補の一員として初めて面接(アルコールが飲めるかどうか)した時、「ビールだったら結構飲めます」と、嬉しいお言葉が返ってきたので喜んでビールを進めると、ジョッキ一杯でダウン
「な、何ツー?!」。その日から星一徹監督の訓練が始まりました。
今年の2月頃まではジーツーコーチと同じく、色んな物を排泄し続けた結果、この九州ツアー中には芋焼酎のロックを何杯も飲めるくらい成長したのです。デミヤン選手曰く「旨い食べ物があると何杯でも飲める」との事。「酒のアテがなくても飲めるようになると大リーガーになれるぞ!」と激を飛ばす星一徹監督!
今の日本ではあまり心配ないのですが、海外でもし酒に飲まれるような事があれば大変な事になってしまう恐れがあります。又、お酒の席上、大変貴重な会話に遭遇することが多いので、泥酔しない程度にガンバッテね!
太宰府ジャズ工房NISHIMURA
住宅街に在るとってもお洒落なお店。
レコードを聴く環境機材も、生音環境も抜群!太宰府のジャズファンにとっても穴場的存在のクオリティの高いお店でした。ここの常連さんであろう初老の方、「子供がジャズ?できるわけなかろーが・・・」と・・「・いっちょ聞いてやるか・・・だめだったら直ぐ帰ろう」と思っていたらしいのです。しかし、最初から最後まで立ったまま、「ありとあらゆる黒人のミュージシャンを追いかけ、見てきたばってんが、こんなにショックな事はなかっ!感動したばい!!!」と。マスターやママさんも優しい方で、TBBのエネルギーを素直に喜んでいただきました。お店のこの日のブログもチェックしてみてください。(こちら)
福岡、太宰府では屋台の博多ラーメン、長浜ラーメン本店等のラーメン巡り、もつ鍋、水炊き‥・(廉君のお父さんお母さんお爺ちゃんも一緒に打ち上げ!ご馳走してもらいました。そのお爺ちゃん、博多弁バリバリでと〜ても面白い元気いっぱいの「よか男」でした)
そして広島へ。

この写真は広島TAOでのライブ終了後の打ち上げ。広島焼きと大粒のカキの鉄板焼きとメンバー!
(その3へ)
続いては、Tiger, Burning Brightの西日本・九州ツアー&グルメ旅
!
倉敷クッキージャーこじんまりとした素敵なお店!子ども連れのお客様が多く、アットホームな感じで迎えていただきました。
ここに来る途中、デミヤンが高速で覆面パトに御用
!オフの日の釣り道具の準備で出発が遅れ、急いでいたとのこと。その準備の仕方を色々聴きましたが、文章に書けないぐらい天然なデミヤン
でした。ゆとりを持って準備しよう!
博多ニューコンボ博多では老舗的ジャズクラブ。東京の有名ミュージシャンもよくここでライブをやってます。福岡に行かれる際は是非お立ち寄りください。
この日は富山から発明キッズの良太君親子とからくりTVでおなじみのちびっこドラマー廉くん親子が遊びに来てくれました!飛び入り演奏も!
この日からジーツーの奥さん(みっちゃん)も「美味しいものいっぱい食べるぞ〜」と合流!
イオン宮崎福岡から宮崎に入る前のサービスエリアで「デミヤン、ガソリンは大丈夫か?」「ハイ!大丈夫です!」順調に高速道を走り、後3つ目の出口で市内に入ろうとしていたところ、デミヤン号が途中の出口で降りて行った???「どうした?」 「ガス欠になりそうです!」 「はぁ?」・・・どうです!皆さん!
天然
でしょ!?イオン終了後、宮崎の親戚の叔父さん達が打ち上げパーティを用意してくれていました。
郷土料理のフルコース!宮崎の地鶏、宮崎牛の鉄板焼き、新鮮なお造り、お椀物、ちらし寿司・・・ジーツーもデミヤンもみっちゃんも、「メッチャ美味いけど食べきれへん!」と云う位、物凄〜いリッチなお料理をいただきました。
日南しゃんしゃん茶屋宮崎のお友達、民謡歌手のタカアキ君、アンナちゃんの両親が経営するお店。
ここでも山盛りのご馳走をいただきました。
目の前には日向灘が広がり、その美しい海からタカアキ君のお父さんが伊勢海老を大量に捕獲してきて、お造りや塩焼きに!みなさん!伊勢海老だけでお腹いっぱいになったこと有りますか〜

2日間のランチもここでいただきました。本当に美味しいうどん、名物鳥南蛮・・・ご馳走様でした!

オフはイチゴ狩り
&TBB杯の釣り大会!宮崎の民謡兄妹とその従兄達、名古屋から駆けつけてくれた大我応援団、リョウ&アヅサ兄妹も一緒にチビッコ軍団はパワー全開のオフデー!
日南海岸を何往復もして釣り場を探したジーツーとデミヤン。子供たちにかっこいいところを見せようと覆面パトに捕まってまでも釣り道具を用意しTBB釣り大会を企画したデミヤン!
でも釣りの成果は子供たちが上位を独占。次にデミヤン。最後にジーツー。ジーツーに至っては成果一匹プラス漁船の波をかぶってビショ濡れ
子どもたちに大笑いされ、散々な一日でした。その夜は宮崎の繁華街に出かけ、宮崎の地鶏専門店に!
子供達は地鶏のお造りやユッケ、炭火焼に食らいつき、大人たちは鳥肝の塩辛などの珍味と宮崎焼酎の飲み比べで大いに堪能しました。
熊本ぺいあPLUS繁華街の中に在るとっても広いお店。
この日もドラムや他の楽器をやっているという沢山のキッズのお客さんが来ていました。
そして大我が初めて会う熊本の親戚の叔父さん夫婦も。
CDや大我Tシャツも皆さんにご購入いただき、有難うございました。
そして打ち上げ〜!
熊本と言えば?そうです!馬!(大我は「かわいそうやけど旨い」と言って食べます)
馬の肝、心臓、舌、胃袋、胆のう、腹肉のお造り!馬スジの煮込み、テール煮込み・・・なかなかこの種は味わえません!食の台所である大阪でも、冷凍の馬刺し、たて髪のお造り位しか食せません。
この馬の生肝、最高です!牛のような臭いやクセが全く無く、歯ごたえが強く甘いのです!
この生肝を一口食したジーツー、「ウオ〜!!!」と叫んで絶句!デミヤンは「バリ、旨いっす!旨いっす!馬いっすウ〜〜〜!!!」とハシャギまくりながら、二人とも球磨焼酎を何種類も飲みまくり!
それを横目に大我は馬ユッケ、馬トロ寿司をガッツリ!(臓物系は苦手です)
実を言うとジーツーは、大我パパと知り合った8年ほど前、コップ一杯のビールで倒れるほどアルコールが飲めませんでした。「ジャズミュージシャンをやっていくのであれば、そういう事ではダメだ!」と星一徹劇場がはじまりました。はじめの3年間、涙と色んな物を排泄しながら大我パパに相当鍛えられました。そして現在、星一徹監督の下、芋焼酎通のコーチとして後輩選手の指導者となったのです。
デミヤン選手も同じく、全くと言っていいほど飲めませんでした。
TBBのベーシスト候補の一員として初めて面接(アルコールが飲めるかどうか)した時、「ビールだったら結構飲めます」と、嬉しいお言葉が返ってきたので喜んでビールを進めると、ジョッキ一杯でダウン

「な、何ツー?!」。その日から星一徹監督の訓練が始まりました。
今年の2月頃まではジーツーコーチと同じく、色んな物を排泄し続けた結果、この九州ツアー中には芋焼酎のロックを何杯も飲めるくらい成長したのです。デミヤン選手曰く「旨い食べ物があると何杯でも飲める」との事。「酒のアテがなくても飲めるようになると大リーガーになれるぞ!」と激を飛ばす星一徹監督!
今の日本ではあまり心配ないのですが、海外でもし酒に飲まれるような事があれば大変な事になってしまう恐れがあります。又、お酒の席上、大変貴重な会話に遭遇することが多いので、泥酔しない程度にガンバッテね!
太宰府ジャズ工房NISHIMURA住宅街に在るとってもお洒落なお店。
レコードを聴く環境機材も、生音環境も抜群!太宰府のジャズファンにとっても穴場的存在のクオリティの高いお店でした。ここの常連さんであろう初老の方、「子供がジャズ?できるわけなかろーが・・・」と・・「・いっちょ聞いてやるか・・・だめだったら直ぐ帰ろう」と思っていたらしいのです。しかし、最初から最後まで立ったまま、「ありとあらゆる黒人のミュージシャンを追いかけ、見てきたばってんが、こんなにショックな事はなかっ!感動したばい!!!」と。マスターやママさんも優しい方で、TBBのエネルギーを素直に喜んでいただきました。お店のこの日のブログもチェックしてみてください。(こちら)
福岡、太宰府では屋台の博多ラーメン、長浜ラーメン本店等のラーメン巡り、もつ鍋、水炊き‥・(廉君のお父さんお母さんお爺ちゃんも一緒に打ち上げ!ご馳走してもらいました。そのお爺ちゃん、博多弁バリバリでと〜ても面白い元気いっぱいの「よか男」でした)
そして広島へ。

この写真は広島TAOでのライブ終了後の打ち上げ。広島焼きと大粒のカキの鉄板焼きとメンバー!
(その3へ)
春、ツアーがんばりました!その1
今春、大我率いるTiger, Burning Bright(「じーつー」辻佳孝p、「デミヤン」出宮寛之b)は、たくさんのツアーをこなしました。(レポートを怠りすぎていて順番が思い出せないくらいです。)
まずは、三月のPacific Mini Tour。
サックス奏者の河村英樹さんをフィーチャーしてお贈りしました。
名古屋スターアイズ
この日は名古屋のちびっこ応援団が終結!客席の前列には3歳から11歳まで8人が陣取り(子供合計12人)応援してくれました。フロントで演奏する河村さん。「はじめてこのような光景を見た!今までのジャズライブ演奏人生で初めての体験や!」とビックリ
してました。
藤沢インタープレイ
名古屋から向かう途中大渋滞!通常4時間半で行けるところ、7時間もかかってしまい、15:00開演なのに、到着したのが14:30分。サウンドチェックも無しにいきなり本番でした。
舞浜イクスピアリ
この日も沢山のキッズが来てくれました。
そして翌日、東京の和泉小学校のビッグバンドと、お茶の水のカザルスホールで共演。

熱血指導のN先生の下、みんな素晴らしいサウンド!とっても楽しかったです。
まずは、三月のPacific Mini Tour。
サックス奏者の河村英樹さんをフィーチャーしてお贈りしました。
名古屋スターアイズこの日は名古屋のちびっこ応援団が終結!客席の前列には3歳から11歳まで8人が陣取り(子供合計12人)応援してくれました。フロントで演奏する河村さん。「はじめてこのような光景を見た!今までのジャズライブ演奏人生で初めての体験や!」とビックリ
してました。
藤沢インタープレイ名古屋から向かう途中大渋滞!通常4時間半で行けるところ、7時間もかかってしまい、15:00開演なのに、到着したのが14:30分。サウンドチェックも無しにいきなり本番でした。
舞浜イクスピアリこの日も沢山のキッズが来てくれました。
そして翌日、東京の和泉小学校のビッグバンドと、お茶の水のカザルスホールで共演。

熱血指導のN先生の下、みんな素晴らしいサウンド!とっても楽しかったです。
バルセロナ・レポート
大我は、1月に自己バンドTiger, Burning Bright(辻佳孝、出宮寛之)でバルセロナで演奏してきました。

遅ればせながらそのレポートを…
…っと言いたいところですが、ひじょ〜〜〜に残念ながら、筆者バルセロナには同行しておりません
どうしたもんか…と思っているといいものを発見しました。作文!
と言うことで、今回初・大我ご本人によるレポートです。 写真解説とともにお送りします!どうぞ〜
「初バルセロナ」 4年2組 鬼束大我
ぼくは、しばらくある所へ行きました。 スペインのバルセロナに行きました。まず、朝早くおきて、空港に行きました。そして、飛行機でオランダのアムステルダムに着きました。それから、バルセロナ空港に着きました。
全部で、一週間行ってそのうち三日間ライブをしました。ぼくのメンバーといっしょに行きました。ライブをしたのは、世界中から洋服の会社が集まるファッション見本市で、アシックス・オニツカタイガーのブースでやりました。屋外でスリーステージやりました。
(見本市会場…の一部。世界一の規模だそうです)
(なぜかゴミまでがアートっぽく見える)
(ライブの様子)
(3ステージ×3日!がんばりました)
(Kids踊る!)
(南米のTV取材受けちゃいました!)
(*大我の演奏に感激した他ブースの出品者の方が、こんなものすごい展示物に乗っけてくださいました!大我大興奮!)
そしてかんこうもしました。世界いさんの所に二か所いってきました。一つは、サグラダファミリアという所に行ってきました。そこは、千八百年ごろから建て始めて、まだ完成していません。かんこう客がふえてきたので、二千二十五年に完成する予定だそうです。
(実際見ると息をのむほど圧倒されるそうです!)
今、一番高い分部(
部分)は、百メートルぐらいあって、今、作りかけのドームは、百七十メートルぐらいになるそうです。ぼくは、八十メートルぐらいまでのぼりました。そこから、バルセロナの町が全部見わたせて、ぜっ景でした。
(こっから見たんだな…)
そして帰りは、こしがぬけそうになるぐらいこわかったです。
(そらこわいわ!こんなん出たら…)
後、もう一つは、グエル公園と言って山がおしろのようになっている、ものすごくでかい公園です。そこのメインは、ドラゴンです。モザイクのレインボー色で、デザインしたふん水形ドラゴンです。
(Kids達までオブジェのよう…)
そして、そのおしろからみたけしきは、ものすごく、きれいでした。

ピカソ美じゅつ館に行きました。そこには一万こ以上の絵があります、その中できがついたことがあります。だいたいの絵に、バイオリンとフルーツボールとワインのボトルが、絵に書かれていました。ぼくは、絵もおもしろいなと思いました。
そして、次はダリ美じゅつ館にも行きました。が・・・暴風のため電車こず。……この日はすごい風で異常気象で二十メートルのなみがおしよせて大さわぎになりました。もう大へんでした。
(嵐で木が倒れてる〜!)
とゆうことで食事に行くことにしました。
このバルセロナに来てから、一番おいしかったお店があります。そこは、海のしんせんなさちがあって、ものすごくおいしかったです。

その魚を見るのもかねて、でっかい市場へ行きました。いろんなお店を回りました。
チョコレート屋さん、キャンディー屋さん、チーズ屋さん、オリーブ屋さん、パン屋さん、やお屋さん、肉屋さん、えびとか貝とか魚が生きている、新せんな魚屋さんがありました。






そして、おどろいたのが羊とうさぎと子ぶたが、かわをはがれたそのままのじょうたいで、売っていたことです。目と目があったような気がして、こわかったです。
(やさしく微笑んでる…)
この市場は、バルセロナで一番有名で、とまっていたホテルのすぐ近くにあったので、合計三回行きました。そしてフルーツ屋さんに行ってカットフルーツのもり合わせを買いました。そして「カフェオペラ」という店で食べました。おいしかったです。そして、三回のうちに、夜にも行きました。そしたら、フルーツとかが光っていて、ものすごくきれいでした。その子ぶた屋さんに行って、いべりこぶたの生ハムとサラミを買いました。
(うまかったです)
そして、最終日にサッカーの試合に行くので、バルセロナのユニフォームとマフラーとニットぼうを買って行きました。っとその前にフラメンコを見に行きました。最初にギターの人がソロでえんそうしました。その次に、歌うボーカルの人が二人出て来て、三人でえんそうしました。そしたらギターの人がすごくて、ジャズのようの音で会話していて、すごくおもしろかったです。そして最後にフラメンコダンサーが男女二人出て来ました。タップダンスのようにおどっていました。はじめてのフラメンコダンスに感動しました。
次にサッカーを見に行きました。

ぼくは、生サッカーを見るのがはじめてなんです。そのはじめてでバルセロナチームを見れました。あいては、五位のチームでヌマンシアというけっこう強いチームです。そしてキックオフ。りょうチームともせめて、まもってです。でもあっとうてきに今、一番強いというバルセロナがせめています。そして前半が終わりました。どちらもまだ0対0です。そして後半スタートです。ぼくは、こうふんしてものすごく大きな声でおうえんしてました。そしたらメッシが一点をとりました。次にエトゥもとり、けっきょく四対一でバルセロナが勝ちました。たくさん点をとるシーンが見れてうれしかったです。

ぼくは、アメリカや韓国には行ったことがあるけれど、ヨーロッパははじめて行きました。そこでサグラダやグエル公園に行けてうれしかったです。あとぼくが好きなサッカーを本場で見れてしかもバルセロナのチームのサッカーを見れてよかったです。ものすごくいいけいけんをできてうれしいです。また行きたいです。
(街角に妖精もいる素敵なバルセロナだったね)
(おしまい!)

遅ればせながらそのレポートを…
…っと言いたいところですが、ひじょ〜〜〜に残念ながら、筆者バルセロナには同行しておりません
どうしたもんか…と思っているといいものを発見しました。作文!と言うことで、今回初・大我ご本人によるレポートです。 写真解説とともにお送りします!どうぞ〜

「初バルセロナ」 4年2組 鬼束大我
ぼくは、しばらくある所へ行きました。 スペインのバルセロナに行きました。まず、朝早くおきて、空港に行きました。そして、飛行機でオランダのアムステルダムに着きました。それから、バルセロナ空港に着きました。
全部で、一週間行ってそのうち三日間ライブをしました。ぼくのメンバーといっしょに行きました。ライブをしたのは、世界中から洋服の会社が集まるファッション見本市で、アシックス・オニツカタイガーのブースでやりました。屋外でスリーステージやりました。
(見本市会場…の一部。世界一の規模だそうです)
(なぜかゴミまでがアートっぽく見える)
(ライブの様子)
(3ステージ×3日!がんばりました)
(Kids踊る!)
(南米のTV取材受けちゃいました!)(*大我の演奏に感激した他ブースの出品者の方が、こんなものすごい展示物に乗っけてくださいました!大我大興奮!)
そしてかんこうもしました。世界いさんの所に二か所いってきました。一つは、サグラダファミリアという所に行ってきました。そこは、千八百年ごろから建て始めて、まだ完成していません。かんこう客がふえてきたので、二千二十五年に完成する予定だそうです。
(実際見ると息をのむほど圧倒されるそうです!)今、一番高い分部(
部分)は、百メートルぐらいあって、今、作りかけのドームは、百七十メートルぐらいになるそうです。ぼくは、八十メートルぐらいまでのぼりました。そこから、バルセロナの町が全部見わたせて、ぜっ景でした。
(こっから見たんだな…)そして帰りは、こしがぬけそうになるぐらいこわかったです。
(そらこわいわ!こんなん出たら…)後、もう一つは、グエル公園と言って山がおしろのようになっている、ものすごくでかい公園です。そこのメインは、ドラゴンです。モザイクのレインボー色で、デザインしたふん水形ドラゴンです。
(Kids達までオブジェのよう…)そして、そのおしろからみたけしきは、ものすごく、きれいでした。

ピカソ美じゅつ館に行きました。そこには一万こ以上の絵があります、その中できがついたことがあります。だいたいの絵に、バイオリンとフルーツボールとワインのボトルが、絵に書かれていました。ぼくは、絵もおもしろいなと思いました。
そして、次はダリ美じゅつ館にも行きました。が・・・暴風のため電車こず。……この日はすごい風で異常気象で二十メートルのなみがおしよせて大さわぎになりました。もう大へんでした。
(嵐で木が倒れてる〜!) とゆうことで食事に行くことにしました。
このバルセロナに来てから、一番おいしかったお店があります。そこは、海のしんせんなさちがあって、ものすごくおいしかったです。

その魚を見るのもかねて、でっかい市場へ行きました。いろんなお店を回りました。
チョコレート屋さん、キャンディー屋さん、チーズ屋さん、オリーブ屋さん、パン屋さん、やお屋さん、肉屋さん、えびとか貝とか魚が生きている、新せんな魚屋さんがありました。






そして、おどろいたのが羊とうさぎと子ぶたが、かわをはがれたそのままのじょうたいで、売っていたことです。目と目があったような気がして、こわかったです。
(やさしく微笑んでる…)この市場は、バルセロナで一番有名で、とまっていたホテルのすぐ近くにあったので、合計三回行きました。そしてフルーツ屋さんに行ってカットフルーツのもり合わせを買いました。そして「カフェオペラ」という店で食べました。おいしかったです。そして、三回のうちに、夜にも行きました。そしたら、フルーツとかが光っていて、ものすごくきれいでした。その子ぶた屋さんに行って、いべりこぶたの生ハムとサラミを買いました。
(うまかったです)そして、最終日にサッカーの試合に行くので、バルセロナのユニフォームとマフラーとニットぼうを買って行きました。っとその前にフラメンコを見に行きました。最初にギターの人がソロでえんそうしました。その次に、歌うボーカルの人が二人出て来て、三人でえんそうしました。そしたらギターの人がすごくて、ジャズのようの音で会話していて、すごくおもしろかったです。そして最後にフラメンコダンサーが男女二人出て来ました。タップダンスのようにおどっていました。はじめてのフラメンコダンスに感動しました。
次にサッカーを見に行きました。

ぼくは、生サッカーを見るのがはじめてなんです。そのはじめてでバルセロナチームを見れました。あいては、五位のチームでヌマンシアというけっこう強いチームです。そしてキックオフ。りょうチームともせめて、まもってです。でもあっとうてきに今、一番強いというバルセロナがせめています。そして前半が終わりました。どちらもまだ0対0です。そして後半スタートです。ぼくは、こうふんしてものすごく大きな声でおうえんしてました。そしたらメッシが一点をとりました。次にエトゥもとり、けっきょく四対一でバルセロナが勝ちました。たくさん点をとるシーンが見れてうれしかったです。

ぼくは、アメリカや韓国には行ったことがあるけれど、ヨーロッパははじめて行きました。そこでサグラダやグエル公園に行けてうれしかったです。あとぼくが好きなサッカーを本場で見れてしかもバルセロナのチームのサッカーを見れてよかったです。ものすごくいいけいけんをできてうれしいです。また行きたいです。
(街角に妖精もいる素敵なバルセロナだったね)(おしまい!)
GO!阪神タイガース!
いよいよプロ野球が開幕しましたね。
虎キチの子虎大我は、野球放送日は応援に余念がありません。大好きな金本アニキがしびれるほどに絶好調!…なのに、なかなか勝てない阪神… 応援にも思わずチカラが入ります。
学校では野球禁止のためサッカー部に所属し毎日ドロだらけで楽しそうに帰宅する大我ですが、家ではキャッチボールとゴロの捕球訓練で星一徹(大我パパ・・・昔は甲子園を目指してた野球少年)に鍛えられる大我。左右前後に休みなく走らされ、腕、肩、腰、足を強打し、突き指をし、顔面にボールが当たって涙目になっていても訓練は終わりません!
「立て!立つんだ!ジョーーー!」と丹下のオヤッサン!(時々ボクシングに変わります)
この前も、指先を痛め「今日はもう止めたい」「疲れた」と懇願しても星一徹は許しません!
「そんなことではプロの野球選手にはなれないぞ!飛雄馬!タイガースの☆を掴むのじゃ!」と星一徹。
「???」の大我。
訓練が終わり「ドラムの練習と、野球の練習、どっちが疲れる?」と大我に聞くと、すかさず「野球!」と答えてました。笑!
体力作りと色んなジャンルのプロフェッショナル達の苦労を少しでも分かって貰えるよう、この<星一徹劇場>と<あしたのジョー劇場>は日々続くでしょう・・・!
実は大我、昨年シーズン終了後に行われた阪神タイガースのファン感謝デーにメインゲストアーティストとして出演してドラムソロを披露したのです!
神戸ワールド記念ホール
しかも、大我のために高さ1,5メートルのドラム台が舞台中央に組まれ、4m×4mの巨大なタイガースロゴ入りの2枚の扉がドラムソロが始まるとゆっくり左右に開き、真っ白にスモークが焚かれた中から大我が現れるという仕掛け。


1軍2軍、監督、コーチの全選手が舞台袖で大我のパフォーマンスを見届けてから入場するという進行なのでした。
5歳のころ初めてタイガースの試合観戦に行き、それからの大のタイガースファン。(もちろん親の影響です)
甲子園(ベーシストの福呂さん親子にも連れてってもらいました)から名古屋ドームと応援を続け、7歳の頃からタイガースのステージでドラムを叩きたいと願っていたことが実現したのです。3年で実現するなんて、なんとも羨ましい・・・!
実をいうとこれまで機会ある毎に、大我の大好きな金本アニキ、赤星、球児等に個人的に逢えないかどうか色々トライしてきましたが、壁が高く無理でした。
初めて甲子園の土を踏んだのも野球ではなく、アメリカンフットボールの試合でした。(関西のマーチングバンドの指導をしていたトランペットのMITCHブラザーに連れて行ってもらったのです)
しか〜〜〜し!今回は違います!目の前には縦縞のユニホームを着た本物の選手達がウヨウヨ・ゴロゴロいるのでェ〜〜〜すッ!
舞台前方、裏、楽屋前、楽屋通路に沢山のガードマンが配置された厳重警戒態勢ですが、ゲストの大我はフリーパス!関係者パスをぶら下げ、誰かに頼まれたのか沢山の色紙を持ってサインのチャンスを窺っている人も楽屋通路には入れません。
ドキドキしながらたくさんの選手に「一緒に写真撮ってもらえますか?」とお願いし、サインもいっぱいゲットしました。色んな選手が行ったりきたりする舞台裏で、あっ!アニキや〜!!!(日本プロ野球界最高年棒をとる金本アニキなんか・・・もう別格待遇で、絶対逢う事が出来ないのですが・・・)とか赤星や〜!球児や〜!!!!と憧れの選手達を見かけては、もうめまいがしそうになっちゃった大我でした。気難しいと聞いていた選手も快く大我のリクエストに応えてくれました。
タイガースファンの大我パパも「40年以上タイガースファンやのに、大我が羨ましい・・・」と呟いていました。
何十年とタイガースを応援しているファンの皆様、当日の感謝デーにこられていた5000人もの皆様、ゴメンなさい。それと、ツーショット写真をお願いできなかった他の1軍、2軍の選手達と芸人の松村さん、漫才師ますだ・おかだのますださん・・・ゴメンなさい。
普段、コンサートやライブで写真やサインを頼まれる立場の大我ですが、この日は頼む側。憧れの人たちを前に人生最大に緊張したようです。
「写真とか頼むのってめっちゃ緊張する〜
いつもライブで、ぼくに『サインしてください』とか『写真とって下さい』とか、お客さんがどんな気持ちで言ってるのか、今初めて本当によく分かったよ…
ありがたいね…」といってました。
では、戦利の激写ショットをごらんあれ!
ピッチャー陣は、まず
下柳投手!
久保田投手
江草投手
福原投手
上園投手!
それと、なんてったってわれらが守護神・球児!
藤川投手!
キャッチャーはもちろん矢野捕手!

内外野は、選手会長のRed Star!
赤星選手
骨折しようがどんなアクシデントに見舞われようがフルイニング出場を続ける球界の至宝、金本アニキ!

そして、
桧山選手
新井選手
今岡選手
鳥谷選手
関本選手
平野選手
リン選手
葛城選手
桜井選手!
そしてマスコットのラッキーちゃん

(ずーと手を繋がれ、嬉し恥かしの大我でした)
さらに一生の宝物。サインボール!

左から金本、赤星、藤川各選手のサインです!(お土産に大我のCDを手渡しました)
大感激の大我でした。
関西のジャズメンには沢山の虎キチがいます。それも本当に熱狂的なファンが。そのジャズメン達にツーショット写真やサインボールを日々得意げに自慢する大我・・・皆に反感をかってます。笑!
ちなみに、各選手に写真をお願いするだけで精一杯だった大我。握手して下さい…とまでは緊張して言えなかったのです。そんな気持ちを知ってか知らずか、ただひとり自ら手を差し出してがっちり握手をして下さった選手がいました。桧山選手です。ますます大ファンになっちゃいました。
もう、誰が誰かわからんほど色んな選手と写真を撮ってもらって、最後のほうは、「もうタテジマがウヨウヨいすぎて酔ってきた・・・」とまで言うくらいでした。
でも中には、「タイガくん?プロドラムの子やね?」とか「徹子の部屋でてたやろ?」とか、大我のことを知って下さっている選手も沢山いて、ちょっと、いや、めっちゃうれしかった大我でした。
ショーの最後には、全選手と同じ舞台に上がって、一緒に六甲おろしを熱唱しました。


インタビューにだってちゃんと答えました。(この感謝デーの模様は、関西のTVでも放映されました)

「次は絶対日本一です!」ってね。
(道頓堀で見つかったカーネルおじさんだってついてるもん!)
余談・・・2月のツアー最中に、ある驚きの連絡が・・・
世界の野球界で最も有名な日本人大リーガー「イチロー」選手と面会できるかも!と。
下関のライヴ終了後に某所まで飛んで面会し、広島入りを予定しましたが、なにせWBCの直前で予定が二転三転し、結局逢う事ができませんでした。
「今度こそ、絶〜対、イチローに逢うぞ〜!」と願う大我でした。
強く願うと又、夢が叶うかもね!!!
虎キチの子虎大我は、野球放送日は応援に余念がありません。大好きな金本アニキがしびれるほどに絶好調!…なのに、なかなか勝てない阪神… 応援にも思わずチカラが入ります。
学校では野球禁止のためサッカー部に所属し毎日ドロだらけで楽しそうに帰宅する大我ですが、家ではキャッチボールとゴロの捕球訓練で星一徹(大我パパ・・・昔は甲子園を目指してた野球少年)に鍛えられる大我。左右前後に休みなく走らされ、腕、肩、腰、足を強打し、突き指をし、顔面にボールが当たって涙目になっていても訓練は終わりません!
「立て!立つんだ!ジョーーー!」と丹下のオヤッサン!(時々ボクシングに変わります)
この前も、指先を痛め「今日はもう止めたい」「疲れた」と懇願しても星一徹は許しません!
「そんなことではプロの野球選手にはなれないぞ!飛雄馬!タイガースの☆を掴むのじゃ!」と星一徹。
「???」の大我。
訓練が終わり「ドラムの練習と、野球の練習、どっちが疲れる?」と大我に聞くと、すかさず「野球!」と答えてました。笑!
体力作りと色んなジャンルのプロフェッショナル達の苦労を少しでも分かって貰えるよう、この<星一徹劇場>と<あしたのジョー劇場>は日々続くでしょう・・・!
実は大我、昨年シーズン終了後に行われた阪神タイガースのファン感謝デーにメインゲストアーティストとして出演してドラムソロを披露したのです!
神戸ワールド記念ホールしかも、大我のために高さ1,5メートルのドラム台が舞台中央に組まれ、4m×4mの巨大なタイガースロゴ入りの2枚の扉がドラムソロが始まるとゆっくり左右に開き、真っ白にスモークが焚かれた中から大我が現れるという仕掛け。


1軍2軍、監督、コーチの全選手が舞台袖で大我のパフォーマンスを見届けてから入場するという進行なのでした。
5歳のころ初めてタイガースの試合観戦に行き、それからの大のタイガースファン。(もちろん親の影響です)
甲子園(ベーシストの福呂さん親子にも連れてってもらいました)から名古屋ドームと応援を続け、7歳の頃からタイガースのステージでドラムを叩きたいと願っていたことが実現したのです。3年で実現するなんて、なんとも羨ましい・・・!
実をいうとこれまで機会ある毎に、大我の大好きな金本アニキ、赤星、球児等に個人的に逢えないかどうか色々トライしてきましたが、壁が高く無理でした。
初めて甲子園の土を踏んだのも野球ではなく、アメリカンフットボールの試合でした。(関西のマーチングバンドの指導をしていたトランペットのMITCHブラザーに連れて行ってもらったのです)
しか〜〜〜し!今回は違います!目の前には縦縞のユニホームを着た本物の選手達がウヨウヨ・ゴロゴロいるのでェ〜〜〜すッ!
舞台前方、裏、楽屋前、楽屋通路に沢山のガードマンが配置された厳重警戒態勢ですが、ゲストの大我はフリーパス!関係者パスをぶら下げ、誰かに頼まれたのか沢山の色紙を持ってサインのチャンスを窺っている人も楽屋通路には入れません。
ドキドキしながらたくさんの選手に「一緒に写真撮ってもらえますか?」とお願いし、サインもいっぱいゲットしました。色んな選手が行ったりきたりする舞台裏で、あっ!アニキや〜!!!(日本プロ野球界最高年棒をとる金本アニキなんか・・・もう別格待遇で、絶対逢う事が出来ないのですが・・・)とか赤星や〜!球児や〜!!!!と憧れの選手達を見かけては、もうめまいがしそうになっちゃった大我でした。気難しいと聞いていた選手も快く大我のリクエストに応えてくれました。
タイガースファンの大我パパも「40年以上タイガースファンやのに、大我が羨ましい・・・」と呟いていました。
何十年とタイガースを応援しているファンの皆様、当日の感謝デーにこられていた5000人もの皆様、ゴメンなさい。それと、ツーショット写真をお願いできなかった他の1軍、2軍の選手達と芸人の松村さん、漫才師ますだ・おかだのますださん・・・ゴメンなさい。
普段、コンサートやライブで写真やサインを頼まれる立場の大我ですが、この日は頼む側。憧れの人たちを前に人生最大に緊張したようです。
「写真とか頼むのってめっちゃ緊張する〜
いつもライブで、ぼくに『サインしてください』とか『写真とって下さい』とか、お客さんがどんな気持ちで言ってるのか、今初めて本当によく分かったよ…
ありがたいね…」といってました。では、戦利の激写ショットをごらんあれ!
ピッチャー陣は、まず
下柳投手!
久保田投手
江草投手
福原投手
上園投手!それと、なんてったってわれらが守護神・球児!
藤川投手!キャッチャーはもちろん矢野捕手!

内外野は、選手会長のRed Star!
赤星選手骨折しようがどんなアクシデントに見舞われようがフルイニング出場を続ける球界の至宝、金本アニキ!

そして、
桧山選手
新井選手
今岡選手
鳥谷選手
関本選手
平野選手
リン選手
葛城選手
桜井選手!そしてマスコットのラッキーちゃん

(ずーと手を繋がれ、嬉し恥かしの大我でした)
さらに一生の宝物。サインボール!

左から金本、赤星、藤川各選手のサインです!(お土産に大我のCDを手渡しました)
大感激の大我でした。
関西のジャズメンには沢山の虎キチがいます。それも本当に熱狂的なファンが。そのジャズメン達にツーショット写真やサインボールを日々得意げに自慢する大我・・・皆に反感をかってます。笑!
ちなみに、各選手に写真をお願いするだけで精一杯だった大我。握手して下さい…とまでは緊張して言えなかったのです。そんな気持ちを知ってか知らずか、ただひとり自ら手を差し出してがっちり握手をして下さった選手がいました。桧山選手です。ますます大ファンになっちゃいました。
もう、誰が誰かわからんほど色んな選手と写真を撮ってもらって、最後のほうは、「もうタテジマがウヨウヨいすぎて酔ってきた・・・」とまで言うくらいでした。
でも中には、「タイガくん?プロドラムの子やね?」とか「徹子の部屋でてたやろ?」とか、大我のことを知って下さっている選手も沢山いて、ちょっと、いや、めっちゃうれしかった大我でした。
ショーの最後には、全選手と同じ舞台に上がって、一緒に六甲おろしを熱唱しました。


インタビューにだってちゃんと答えました。(この感謝デーの模様は、関西のTVでも放映されました)

「次は絶対日本一です!」ってね。
(道頓堀で見つかったカーネルおじさんだってついてるもん!)
余談・・・2月のツアー最中に、ある驚きの連絡が・・・
世界の野球界で最も有名な日本人大リーガー「イチロー」選手と面会できるかも!と。
下関のライヴ終了後に某所まで飛んで面会し、広島入りを予定しましたが、なにせWBCの直前で予定が二転三転し、結局逢う事ができませんでした。
「今度こそ、絶〜対、イチローに逢うぞ〜!」と願う大我でした。
強く願うと又、夢が叶うかもね!!!
Jazz Successors Tour番外編!

こんな感じで、たくさんいい写真が取れたので、のっけちゃいます。
最終ライブ終了後のTUC楽屋にて、
すっかり寛ぐじいちゃんと孫…


移動中の仲良し兄弟…


ツアーを通して、スタッフとして同行し、セッティングや片付け、移動の手配はもちろん、前説などもやってくださったTiger, Burning Brightの大切なメンバー、じーつーこと辻佳孝さんとデミヤンこと出宮寛之さんにも感謝の気持ちでいっぱいです。
こんなシーンもありました。

ひょんなことから奇跡の連弾!
じーつーは後で心配そうに「今の…、写真に撮りました?」とこっそり聞いてました。
ちゃんと撮ってるよん!

じーつー、バスターさんと共演も!

デミヤンだって…
最初は、あこがれのトップジャズミュージシャンを間近に、尊敬するお二人に失礼が会ってはいけないと、とても緊張していましたが、最後はこんな感じにまで打ち解けてました。

打ち解けすぎやろ・・・


最後の打上げではこの二人、ひしと抱き合ってました。
(間違えられるよ…
)バスターさん、
「はるばる日本まで渡って、10歳児と演奏するとは…。ちょっと不思議な気持ちだったけど、帰ったらみんなに自慢するよ。信じられない素晴らしい経験をしたと。いろんなミュージシャン仲間に大我を紹介したいなあ。アメリカに早く来いよ!」といいながら、大我にサインを頼んでおられました。
「Tigerのサインを持って帰らなきゃ、孫達にしかられるよ。Tigerは孫達のヒーローなんだ」
ベニーさん、
「子供だからではなく、Tigerは一人の人間として立派だと思う。彼から学んだこともたくさんあるよ。このツアーに参加できて本当にラッキーな気持ちでいっぱいだ。スタッフも素晴らしかった。Z2(じーつー)もDemi(デミヤン)もみんな特別な友達だ。ツアーを通して、一人のジャズミュージシャンとしてこれほどまで深い尊敬心を持って接してもらえたのは初めてだ。ありがとう」
と全員にHUGの嵐でした。

また会おうね!と固く約束してお別れをしたのでした。
未来に向って・・・
Tiger Jazz Successors Japan Tour 2009は、思えばあっという間に終わってしまいました。
大我はまだわずか10歳ですが、渾身の新作CD「A TIME IN NEW YORK」の収録メンバーによるこのツアーには、大我のジャズドラムに取り組む思い入れ、プロミュージシャンとしての覚悟、そしてジャズという芸術に対する深い畏敬の念が込められていました。
2歳の頃から生のジャズに触れ、3歳の時TheTrio(山口武、ロン・カーター、ルイス・ナッシュ)に逢い、4歳の頃楽器店の店頭に展示してあった輝くキッズドラムセットに魅せられた大我。5歳の誕生日にその憧れのドラムセットが家に届き「ちん・ちっき・ちん…」とおぼつかない手元で叩いてみたあの日から、「やるなら中途半端は許さない」との誓いを守り、週2回ミュージックラボ西代一博師匠の元に通い、毎日猛練習をしました。ペダルに足が届かずシンバルから僅かに頭の先が覗くくらいの小さな頃から、時に恥をかき、時に悔しさにこらえきれず、涙がこぼれたこともいっぱいありました。そうやって出来ないと思ったことを克服してきたのです。
幼稚園の年長になった頃からは帰宅後練習し、昼寝を済ませ、ストリートライヴに出かけました。
汗で目が開かず着替えを何枚も要した京都の暑い日、カイロを背中に貼り付け、ホットココアの缶で指先を温めながら叩いた京都の寒い日の6歳から8歳までの3年間・・・本当によく頑張りました。

日野皓正氏と(2005年)

アート・ブレーキーのご長女エブリン氏と(2005年)

NYハーレムでのギグ(2005年)
プロ活動を始めて約5年、まだまだほんの一部ではありますが、ジャズの世界を色んな方向から見て、聴いて、勉強してきた大我です。日本のみならずニューヨークやニューオリンズでジャズとともに生きる人々の生活を体感し、ジャズの歴史についても幼いながらも彼なりに学び、感じ入ってきたところもあるのです。
ありがたいことに大我の音楽性と姿勢は瞬く間にアメリカ全土でジャズの巨匠達の間で噂になり、子供としてではなく、一人のジャズミュージシャンとして接して頂けるようになり、巨匠から巨匠への数珠繋ぎ的ブラザーが沢山できました。雑誌やメディアやジャズイベントの商業企画ではなく、自分の足で自ら飛び込み沢山のブラザーを作り出しました。直接的にしろ、間接的にしろ、生きる彼らから学ぶこと、それは言葉では表現できない価値を含んでいます。
今回、67歳になられるベテランのバスター氏と、レコーディングのみならずツアーで暫くの時を一緒に過ごし一緒に演奏できたのは、大きな糧となりました。長いキャリアの中で積み重ねてこられた芸術性は一朝一夕にして成るものではないと、改めて痛感する完成度の高さに毎回感服しました。彼のベースとともにリズムセクションを創り上げるという経験が、若い大我にどれほど新鮮なインスピレーションを与えたかは計り知れません。また、彼や彼の同朋の想像を絶する苦労話もたくさん聞き、その中で築いてこられた音楽の美しさや道を切り開いてこられた強さに心を打たれました。
45歳白人のベニーさんからは、黒人の音楽ジャズに魅せられた「異文化の人」としての情熱を感じました。言葉には出されませんが、その世界で生きるということには別の意味で辛いことや大変なこともあったでしょうし、救いのない疎外感のような正体の見えないものとの葛藤も多々あったはずです。ベニーさんの天真爛漫さといつも両手を広げて何をも受け入れてくれる寛容なハートは、白人ジャズマンとして生きてきたそんな背景のもとに培われた精神性なのだと感じました。彼の音楽には、そういったハードルを越えてきた人の優しさが溢れています。
生まれたときから自然に聴いて育ち、身に染み付いてきたリズムが違和感なく好きになった大我。彼にとっては、それが黒人の音楽かどうかなんてことは一切関係なく大きくなってきました。しかし、プロとして音楽活動をしていく中で、彼にとっても年齢に関係なくその芸術に対する尊敬心や責任や覚悟を自ら感じるようになって来たのです。
今回、10歳の大我がバスター氏、ベニー氏という2人のジャズジャイアンツと行ったツアーが持つ意味、それはこれから未来に向かってミュージシャンとして成長していく大我の音楽に確実に反映されていくものと信じています。お楽しみに〜!
大我はまだわずか10歳ですが、渾身の新作CD「A TIME IN NEW YORK」の収録メンバーによるこのツアーには、大我のジャズドラムに取り組む思い入れ、プロミュージシャンとしての覚悟、そしてジャズという芸術に対する深い畏敬の念が込められていました。
2歳の頃から生のジャズに触れ、3歳の時TheTrio(山口武、ロン・カーター、ルイス・ナッシュ)に逢い、4歳の頃楽器店の店頭に展示してあった輝くキッズドラムセットに魅せられた大我。5歳の誕生日にその憧れのドラムセットが家に届き「ちん・ちっき・ちん…」とおぼつかない手元で叩いてみたあの日から、「やるなら中途半端は許さない」との誓いを守り、週2回ミュージックラボ西代一博師匠の元に通い、毎日猛練習をしました。ペダルに足が届かずシンバルから僅かに頭の先が覗くくらいの小さな頃から、時に恥をかき、時に悔しさにこらえきれず、涙がこぼれたこともいっぱいありました。そうやって出来ないと思ったことを克服してきたのです。
幼稚園の年長になった頃からは帰宅後練習し、昼寝を済ませ、ストリートライヴに出かけました。
汗で目が開かず着替えを何枚も要した京都の暑い日、カイロを背中に貼り付け、ホットココアの缶で指先を温めながら叩いた京都の寒い日の6歳から8歳までの3年間・・・本当によく頑張りました。

日野皓正氏と(2005年)

アート・ブレーキーのご長女エブリン氏と(2005年)

NYハーレムでのギグ(2005年)
プロ活動を始めて約5年、まだまだほんの一部ではありますが、ジャズの世界を色んな方向から見て、聴いて、勉強してきた大我です。日本のみならずニューヨークやニューオリンズでジャズとともに生きる人々の生活を体感し、ジャズの歴史についても幼いながらも彼なりに学び、感じ入ってきたところもあるのです。
ありがたいことに大我の音楽性と姿勢は瞬く間にアメリカ全土でジャズの巨匠達の間で噂になり、子供としてではなく、一人のジャズミュージシャンとして接して頂けるようになり、巨匠から巨匠への数珠繋ぎ的ブラザーが沢山できました。雑誌やメディアやジャズイベントの商業企画ではなく、自分の足で自ら飛び込み沢山のブラザーを作り出しました。直接的にしろ、間接的にしろ、生きる彼らから学ぶこと、それは言葉では表現できない価値を含んでいます。
今回、67歳になられるベテランのバスター氏と、レコーディングのみならずツアーで暫くの時を一緒に過ごし一緒に演奏できたのは、大きな糧となりました。長いキャリアの中で積み重ねてこられた芸術性は一朝一夕にして成るものではないと、改めて痛感する完成度の高さに毎回感服しました。彼のベースとともにリズムセクションを創り上げるという経験が、若い大我にどれほど新鮮なインスピレーションを与えたかは計り知れません。また、彼や彼の同朋の想像を絶する苦労話もたくさん聞き、その中で築いてこられた音楽の美しさや道を切り開いてこられた強さに心を打たれました。
45歳白人のベニーさんからは、黒人の音楽ジャズに魅せられた「異文化の人」としての情熱を感じました。言葉には出されませんが、その世界で生きるということには別の意味で辛いことや大変なこともあったでしょうし、救いのない疎外感のような正体の見えないものとの葛藤も多々あったはずです。ベニーさんの天真爛漫さといつも両手を広げて何をも受け入れてくれる寛容なハートは、白人ジャズマンとして生きてきたそんな背景のもとに培われた精神性なのだと感じました。彼の音楽には、そういったハードルを越えてきた人の優しさが溢れています。
生まれたときから自然に聴いて育ち、身に染み付いてきたリズムが違和感なく好きになった大我。彼にとっては、それが黒人の音楽かどうかなんてことは一切関係なく大きくなってきました。しかし、プロとして音楽活動をしていく中で、彼にとっても年齢に関係なくその芸術に対する尊敬心や責任や覚悟を自ら感じるようになって来たのです。
今回、10歳の大我がバスター氏、ベニー氏という2人のジャズジャイアンツと行ったツアーが持つ意味、それはこれから未来に向かってミュージシャンとして成長していく大我の音楽に確実に反映されていくものと信じています。お楽しみに〜!
2月ツアー千秋楽@東京TUC
ジャズの本場アメリカから巨匠ベーシストのバスター・ウイリアムス氏、スターピアニストのベニー・グリーン氏という現代ジャズをリードする二人の世界的ジャズメンを迎えた大我のツアーは、2月21日の東京TUCで最終日を迎えました。全行程12日間8公演でした。
(なんて偉そうに書いて…、レポートがこんなに遅くなってホントにスミマセン)
最後のリハーサル。

ベニーさんのピアノの背後から、セロニアス・モンクが見守ります。
この写真は、ジャズ写真家の中平穂積氏の作品です。中平さんは、大我の演奏にも大変感動して下さり、わざわざコンサート会場へ来て、大我に向けてシャッターを切ってくださったこともあるのです。素敵な写真ですね。
最後のライブでも3人は息ぴったり。スリリングに、そして笑顔いっぱいの楽しいステージ。大我も思いを込めての精一杯のドラミングで、バスターさんもベニーさんも何度も大我の方を見てにっこり。


最終日のTUCへも小さな子供さんから年配のご夫妻まで、それこそ老若男女が沢山聴きに来てくださいました。うれしいことにツアーを通して何度も各地会場へへお運びいただいた「リピーター」の方々も多く、心からこのトリオの音楽を楽しんでいただけたことを実感でき、感無量でした。
ツアーを通してたくさんのジャズミュージシャンの方々も駆けつけてくださいました。TUCでは人気ピアニストの山中千尋さんの姿も…。大阪の会場へはトランペッターのMITCHさんが、京都ではヴォーカリストの市川芳枝さん、横浜ではヴォーカリストの大野えりさんやベーシストの坂井紅介さん、甲府へヴォーカリスト山岡未樹さんなどなど…。嬉しい限りです。
ツアーを終えて、バスターさんもベニーさんも声をそろえて、
「一番驚かされ感じ入ったのは、大我が、ライブを重ねるたび間違いなく毎回成長し続けたこと」と大我の成長に心から感嘆の言葉を述べて下さいました。またそれゆえに「インスピレーションを限りなく刺激された忘れがたいツアーだった」とも言って下さり、この言葉はリーダーとして本当にうれしい最高の賛辞です。
最後のライブ、大きな拍手で幕を閉じました。
ツアーを通しライブに来てくださったすべての皆様に改めて心からお礼申し上げます。
(なんて偉そうに書いて…、レポートがこんなに遅くなってホントにスミマセン)
最後のリハーサル。

ベニーさんのピアノの背後から、セロニアス・モンクが見守ります。
この写真は、ジャズ写真家の中平穂積氏の作品です。中平さんは、大我の演奏にも大変感動して下さり、わざわざコンサート会場へ来て、大我に向けてシャッターを切ってくださったこともあるのです。素敵な写真ですね。
最後のライブでも3人は息ぴったり。スリリングに、そして笑顔いっぱいの楽しいステージ。大我も思いを込めての精一杯のドラミングで、バスターさんもベニーさんも何度も大我の方を見てにっこり。


最終日のTUCへも小さな子供さんから年配のご夫妻まで、それこそ老若男女が沢山聴きに来てくださいました。うれしいことにツアーを通して何度も各地会場へへお運びいただいた「リピーター」の方々も多く、心からこのトリオの音楽を楽しんでいただけたことを実感でき、感無量でした。
ツアーを通してたくさんのジャズミュージシャンの方々も駆けつけてくださいました。TUCでは人気ピアニストの山中千尋さんの姿も…。大阪の会場へはトランペッターのMITCHさんが、京都ではヴォーカリストの市川芳枝さん、横浜ではヴォーカリストの大野えりさんやベーシストの坂井紅介さん、甲府へヴォーカリスト山岡未樹さんなどなど…。嬉しい限りです。
ツアーを終えて、バスターさんもベニーさんも声をそろえて、
「一番驚かされ感じ入ったのは、大我が、ライブを重ねるたび間違いなく毎回成長し続けたこと」と大我の成長に心から感嘆の言葉を述べて下さいました。またそれゆえに「インスピレーションを限りなく刺激された忘れがたいツアーだった」とも言って下さり、この言葉はリーダーとして本当にうれしい最高の賛辞です。
最後のライブ、大きな拍手で幕を閉じました。
ツアーを通しライブに来てくださったすべての皆様に改めて心からお礼申し上げます。
甲府コットンクラブ
今回のツアーでは、関西圏以外では初めて演奏するお店が多かったです。この日の会場は甲府のコットンクラブ。甲府は大我の祖父母が住む長野県諏訪郡のお隣ですが、甲府へ来たのは初めてでした。
コットンクラブは、インテリアが凝っていてどことなくレトロな空気が漂う高い天井のお店。控え室に案内されてびっくり。その扉は厚さ30cm以上は悠にありそうな重厚な鉄製。しかも鉄格子付き…。閉所恐怖症でなくとも「閉めないで〜!」っと叫んでしまいそうな扉でした(笑) 聞くところによると、昔、銀行だったのだそうです。控室として使っている空間は、金庫室だったのですね。納得。
ライブ前に山梨の新聞社から取材を受けました。大我、インタビューに答えるのがどんどん上手になってきました。この日もドラム以外の趣味は?と訊かれ、大好きな野球について、そして阪神タイガースの話題で楽しそうに盛り上がっていました
マイルスが見守る…
本ツアー7度目のステージでした。
ツアーを通して聴いていると、同じ曲オーダーでもそれぞれのステージで全く違うドラマが描かれます。同じ曲が決して同じにならないのがジャズ。そのジャズの醍醐味を満喫できました。
ベニー・グリーンさんのピアノはいつも溜息が出る瑞々しい音楽を奏で、バスター・ウイリアムスさんの独創的で美しいベースサウンドに酔いしれました。ツアー中の日々の中でも成長を続ける大我も、立派にリーダーとしての貫録を音の中に示し、素晴らしい集中力で音楽を作り上げていました。
全く知らない場所にもかかわらず、老若男女たくさんお客様が来て下さり、世界的なジャズメンと日本の10歳のジャズドラマーのコラボレーションを心から楽しんでくださいました。「感激しました!」「生で聴けて感無量です!」など、いろいろな温かなコメントをいただきました。
日本全国色んなところにジャズファンはいます。いい音楽を渇望する人たちがいます。ここ甲府においては、コットンクラブがそのような熱心なジャズファンの憩いの場となっているんだなあと感じられました。
コットンクラブは、インテリアが凝っていてどことなくレトロな空気が漂う高い天井のお店。控え室に案内されてびっくり。その扉は厚さ30cm以上は悠にありそうな重厚な鉄製。しかも鉄格子付き…。閉所恐怖症でなくとも「閉めないで〜!」っと叫んでしまいそうな扉でした(笑) 聞くところによると、昔、銀行だったのだそうです。控室として使っている空間は、金庫室だったのですね。納得。
ライブ前に山梨の新聞社から取材を受けました。大我、インタビューに答えるのがどんどん上手になってきました。この日もドラム以外の趣味は?と訊かれ、大好きな野球について、そして阪神タイガースの話題で楽しそうに盛り上がっていました

マイルスが見守る…本ツアー7度目のステージでした。
ツアーを通して聴いていると、同じ曲オーダーでもそれぞれのステージで全く違うドラマが描かれます。同じ曲が決して同じにならないのがジャズ。そのジャズの醍醐味を満喫できました。
ベニー・グリーンさんのピアノはいつも溜息が出る瑞々しい音楽を奏で、バスター・ウイリアムスさんの独創的で美しいベースサウンドに酔いしれました。ツアー中の日々の中でも成長を続ける大我も、立派にリーダーとしての貫録を音の中に示し、素晴らしい集中力で音楽を作り上げていました。
全く知らない場所にもかかわらず、老若男女たくさんお客様が来て下さり、世界的なジャズメンと日本の10歳のジャズドラマーのコラボレーションを心から楽しんでくださいました。「感激しました!」「生で聴けて感無量です!」など、いろいろな温かなコメントをいただきました。
日本全国色んなところにジャズファンはいます。いい音楽を渇望する人たちがいます。ここ甲府においては、コットンクラブがそのような熱心なジャズファンの憩いの場となっているんだなあと感じられました。






