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2019-10

会津若松・武家屋敷 - 2014.01.06 Mon

 幕末期、京都は不定浪士の巣窟となり荒れ放題。
幕末期はいづれの藩も財政難。幕府は忠義を尽くす会津に京都守護職を命じ、遠く離れた会津から京へ。
朝廷も会津容保公に大いに期待。会津容保公は新撰組を許可し京都の警察を勤めさせた。

 だが、幕府から打診があった時から最後まで京都守護職に反対をしていたのが家老である西郷頼母。
結局、戊辰戦争に引き込まれ落城し、藩は未開の開拓地(青森・斗南)に飛ばされた。

 敷地二千四百坪、三十八の部屋を持つお屋敷の建坪は二百八十坪。
会津 032
 
会津 034
 忠実に再現されたお屋敷の立派なこと!
入館料は少々お高いのですが、維持管理を考えると仕方ない。。。

会津 036
 表玄関から右が、藩主容保公がおいでになった時にだけ使用した『お成りの間』

 戊辰戦争の際、いよいよ籠城戦となった時、屋敷を預かる婦女子一族二十一人が屋敷内で自刃。
それが再現されているのですが、大我姉弟は大きなショックを受けているようでした。。。

 つづく。

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