topimage

2006-01

スポンサーサイト - --.--.-- --

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

修パパ、ありがとう - 2006.01.31 Tue

今夜、大我は修さんに会ってきた。
修さんが亡くなったこと大我は知らなかった。
知らせていなかった。
芳枝さんが、自分の口から大我に説明したいと申し出てくださったため、夜まで知らせてはいなかったのだ。
横たわる修さんをいつものようにむぎゅっとハグした大我。なんとも合点がいかない様子だった。
芳枝さんは、「ちょっと冷たくなっちゃったけど、大我、修さんはいつも大我といっしょにいるから、がんばってしっかりドラムするんやで。わかったか?」と噛み砕くように大我の目をみて説明してくださった。
「うん、わかった。」正座して答えた大我。
修さんは極上の微笑みをたたえておられた。
穏やかで晴れやかな至福の表情に見えた。

「まあるいおおきなこころでおんがくしたいです。
おんがくはかみさまのおくりもの。」

壁には修さんの字でそう書かれていた。
その心、わすれないようにしないとね。
おさむ&わるがき

スポンサーサイト

20日以降の大我 - 2006.01.30 Mon

 20日夜、名古屋のZIP-FMの収録を済ませ、そのまま東京へ。21日は前述の通り、MITCHさんのライブにゲスト出演した。MITCHさんが涙で演奏できなくなってしまったライブ。大我もドラム永田さんも泣きながらの演奏だった。

 そして22日は、大イベントPit Innの記念ライブに顔を出した。多くの名だたるジャズミューシャンが一同に会していて、楽屋はそうそうたる顔ぶれで埋め尽くされていた。初めてお目にかかるケイコ・リーさんにはだいぶ絡まれてモジモジ君の大我だった(笑)が、TOKUさんや渡辺裕之さんなど、久しぶりの皆さんにも会えて、一時、気持ちを切り替えることが出来たようだ。
 日野皓正クインテットでは突然に1曲飛び入りを命ぜられた。それが恐ろしくスローテンポの「Over the Rainbow」でバックステージで見ていたミュージシャンは一瞬凍りつく雰囲気だったが、大我は歯を食いしばって(?)がんばった。いや、最後までしっかりと食らいついた。よくやった!
 日野さんに近しいある人から聞いた後日談。
「あんな難しいテンポ、よく大我にやらせましたね?」
「オレはね…甘くないのよ。」
とにっこり笑われたそうだ。
 つまり日野さんには「この曲なら知ってるだろう」とか「このテンポならできるだろう」などといった“守り”の考えは全くないのだ。でも、一人のドラマーとして扱われたってことだ。いつもながらエキセントリックな日野さんにまた一つ生きた勉強をさせてもらった大我だった。本人はケロッとしているが…
 その日の夜はもう一晩東京にいる予定だったが、何しろ市川修さんのことが気になって、予定は変更しそのまま帰京した。

 そうそう、27日は、収録したZIP-FMの放送日だったが、何せ名古屋のFM局… 聴きようがなかった。どなたか名古屋方面でお聞きになった方おられるかな?

12日以降のこと - 2006.01.29 Sun

市川さんは、がんばっておられます。
毎日、多くのお見舞いの方が遠方からも来られているとのこと。市川さんのお人柄だな…とつくづく思う。

芳枝さんをはじめ病院につめている皆さんも大変だろうと思いますが、皆思いはひとつだと思います。
頭の先から足の先までジャズが詰まっている修さん。修さんのあの迸る熱いジャス魂をもう一度体感したい。

お昼過ぎ突然に倒れられた今月12日、修さんはその夜RAGにてMITCHさんのバンドで出演の予定だった。急遽清水武志さんが代わりに出演されたが、MITCHさんが後で言っていた。
「修さんはちゃんと(RAGに)来てたよ。ピアノの弦が切れた。しかも太いやつ。」
清水さんはどちらかというと繊細なプレイが特徴で弦を切るような演奏をするタイプではない。その清水さんの演奏中、低音部の弦が切れちゃったらしい。
あるライブハウスから「弦切ったら自前ですからね!」と釘を刺されるほど白熱しすぎてすぐ弦を切っちゃう修さん。気になって演奏しに行ってたのかも。
MITCHさんはそう確信していた。

修さん専用の掲示板を設置しました。 - 2006.01.23 Mon

修さんの情報とメッセージを交換する専用のBBS(掲示板)を芳枝さんの許可を得て設置いたしました。
芳枝さんは、せっかくメールや電話をいただいても返信や折り返しの電話ができない状態で大変申し訳ないと言っておられます。
芳枝さんも掲示板をご覧になりますので、芳枝さんへのメッセージはできればこちらの掲示板へお寄せいただければと思います。
修さんをおもう仲間同士のメッセージ交換にもなればと思います。

http://bbs.83net.jp/?OsamuBBS

携帯からも閲覧や投稿ができます。
アドレスをメールで送る場合はクリックしてください。

取り急ぎご連絡まで。ご意見等ございましたらコメントをお願いいたします。

市川さん、お願いがんばって。 - 2006.01.22 Sun

かえって芳枝さんの手数をとるかと思いましたが、いたたまれず、今日病院へ行ってきました。
思わしくない状況が続く修さん。
もう、お願いですから起きてください。
・・・とお願いしてきました。

芳枝さんは、お見舞いの人たちに丁寧に対応されており、さぞおつかれと心配していますが、このようなときでも凛として本当に美しい芳枝さん。素晴らしい奥様です。
ブカブカになっちゃった!とスカートのウエストを見せてくださった。
どうかどうか、お疲れが出ませんように。

修さんがんばって。 - 2006.01.21 Sat

1月21日(土)

 朝から思わしくない状況とのことです。
 心配で… 仕事が手につかず。

 今日大我は東京だ。
 恵比寿ケセラでのMITCHさんのライブに参加。
 MITCHさんは、「今日のライブは市川修のためにやる!」と臨まれた。MITCHさんと修さんは名コンビだから、途中やはり想いがこみ上げ、しばしつまってしまわれる場面もあったが、いっそうに深いその想いをトランペットに乗せて、心に染みる熱演となった。ドラムの永田さんもすばらしく、メンバーの想いがひとつになった完璧なスイングで病床の修さんへのエールを遠い東京から送った。大我も募っていた心配の糸が切れたのか、泣きながらも一生懸命リズムを刻んだ。スタンディングオベーションのライブ、修さんに届いたことと思います。

―1月19日の市川さんの様子― - 2006.01.20 Fri




―19日の市川修さん―

投薬の関係上、人工呼吸器が必要な状態でしたが、19日人工呼吸器が外されました。修さんは現在自発呼吸されています。
しかし少しばかり熱もあるようで、依然として予断を許さない状況であることには変わりないようです。
引き続き面会謝絶の状態です。




―市川修さんについて― - 2006.01.18 Wed




―市川修さんについて―


 入院中の市川修さんは、一昨日は高熱が出て大変心配しましたが、今は熱も下がり安定しておられます。しかし、今だ昏睡状態は続いており、手術時に大量の輸血をされたこともあり、合併症や感染などまだまだ注意が必要で予断を許さない状態です。
 ご心配で「お見舞いを!」と思われる方もおられるとは思いますが、現在は面会謝絶の状態ですので、今しばらくは遠くから見守っていただき、修さんの一日も早い回復をお祈りしていただければと思います。

 また、奥様の市川芳枝さんへ励ましのメール等が多く届いているようです。芳枝さんは、病院とご自宅の往復、ご自身のお仕事等で多忙を極めておられます。それぞれに返信することが出来ず、大変申し訳ないとおっしゃっておられます。お気持ちはありがたく受け止めているとのことですので、僭越ながらこの場をお借りして芳枝さんのお気持ちをお伝えし、ご理解をお願いしたいと思います。

 大我パパは、市川Familyのお力になりたくて常時奔走しております。毎日病院へ行って修さんの様子を見守り確認し、また、微力ながらも市川家のお手伝いや芳枝さんのサポートをしています。ご心配でおられる市川ファンやジャズ仲間の皆さまに、修さんの様子を今後もできる限りお知らせしていきたいと思っています。なにかありましたらご遠慮なくBBSに書き込んでください。


<Onitsuka>





修パパ、がんばって! - 2006.01.14 Sat

1月14日(土)

 今日はラグタイム大阪のライブ。
 だけど今夜市川修さんと一緒に演奏できない。
 12日昼、自宅で倒れられた修さん。くも膜下出血と脳血栓だ。その夜の手術は8時間…。手術室から修さんが出てくるのを大我はじっと待合室で待っていたが、11時過ぎ、とうとうソファで眠ってしまった。
 あ・うんの呼吸で大我のドラムに輝きを与えて下さる修さんが大我は大好き。本当に心配で病院から一旦帰った午後、大泣きしてしまった。修さんはものすごく闘っているから泣いてはいけないのだよ。

 ラグタイムのオーナー仲さんにも連絡したが、「身体には気をつけろってあれほど言ってたのに、あのバカ!」とがっくりされ、仲さんまで具合が悪くなられたそうでお休みされていた。
 今夜は修さん、芳枝さん、テナー武井努さん、ベース福呂和也さんというメンバーだったが、急遽ピアノは辻佳孝さんにお願いした。奥様の芳枝さんは「ステージに穴をあけたら修さんに叱られる!」と気丈にもラグタイムへと向かおうとされていたが、修さんの容態が急変。周りが説得し泣く泣くキャンセルされた。すごいプロ意識だと思う。
 フロント武井さんに加え、何度も市川さんと共演してきたアルト三木俊彦さんも応援に駆けつけてくださった。そしてトランペットのMITCHさんまでも!みんなの気持ちが一つになり、白熱の演奏となった。
「修さん!そして芳枝さん!仲間がみんな応援しているよ。仲間の応援で大我は、立派に恥ずかしくないステージをつとめたよ!」

初レッスン! - 2006.01.11 Wed

1月11日(水)

 今日はミュージックラボの初レッスン。
 西代一博先生に「あけましておめでとう」のご挨拶をした。
 年末のレッスンの時から新課題として取り組んできたアップテンポのボサノバ。冬休み中にじっくり真剣に練習してその成果を先生に披露した。本当に練習がんばったから先生もびっくりするほどの期待以上の仕上がりになっていた。 
 よっしゃー!って感じ。

芸能神社へ初詣 - 2006.01.03 Tue

1月3日(火)

 京都駅でアルトサックスの三木俊彦さんとよーこねえちゃんと合流。一緒に芸能神社へ初詣。
 映画村で有名な太秦にあるこの神社は本名を車折神社(くるまざきじんじゃ)というとても小さな神社だ。しかし、大変に有名で日本中からあらゆる「芸」の世界に生きる人々がお参りにやってくる。
 朱色の玉垣には、誰でも知っている著名な芸能人の名前もたくさんあってそれを眺めて歩くだけでも楽しいが、しっかりお参りをして、昨年のお守りをお返しし、今年の分を新たに買った。おみくじは大我は中吉。三木夫妻はなんと夫婦そろって大吉だ。皆でしっかり結んで帰った。

謹賀新年! - 2006.01.01 Sun

新年あけましておめでとうございます。
旧年中は大変お世話になりました。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。


昨年、数々のセッションチャレンジを経て大我はジャズドラマーとして小さな足で最初の1歩を踏みだしました。4月に初めて日野皓正さんと共演。5月には西山満さんや市川修さんなどベテラン陣の大きな胸を借りての高槻ジャズストリート。たくさんのミュージシャンの協力のもと長時間の収録をこなした6月のDVD収録。誕生日を迎え7歳になった7月には鳥取の境港で日野皓正のカルテットと大阪ブルーノート以来の再々共演を果たしました。8月には長野ツアーを敢行。ジャズフェスティバルやライブ、ストリートにTV収録などとっても忙しかった9月。演奏に新たな一面を見せ始めたのは初渡米し憧れのニューヨークジャズを体感した10月から。そして11月はエディ・ヘンダーソンさんとのツアーに全力を尽くし、そういった経験から12月のライブでは、自分のこだわりも主張するまでに成長していました。
あっという間の1年でしたが、楽しい思い出ばかり。ここまで来れたのは、大我本人のがんばりはもちろんだが、彼の中にジャズを楽しむ心を育んでくださった周りの皆様のおかげと心より感謝いたします。
時に忍耐強く、時にあっけらかんとした明るさで大我と音楽を分かち合って下さったミュージシャンの皆様、大我に表現の舞台を与えてくださったライブハウスのオーナー方、プロモーターやプロデューサーの皆様、そして貴重な時間を大我の演奏を聴くために足を運んでくださったお客様。寒い日も暑い日も立ち止まり耳を傾けてくださった通りすがりの人種を超えた老若男女の皆様や「がんばってね」と声をかけて下さったお一人お一人に「ありがとう」の気持ちを込めて、さらに大我は楽しみながら成長して行きます。演奏を聴いてくださる方々が少しでもハッピーな気分になれるように。
重ねがさね、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

プロフィール

ジャズドラマー大我の日々をHP管理者がお伝えします。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。