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2005-07

巨匠アート・ブレーキーに生き写し・・・長女エブリンさん - 2005.07.11 Mon

 ジャズドラムの巨匠アートブレーキーが亡くなった時、世界中のジャズファンやミュージシャンが悲しみに包まれた。ピアニスト市川修氏もまた、ファンとして、ミュージシャンとしてそして友として悲しみにくれた一人であったが、市川氏とシンガー芳枝夫妻のアート・ブレーキー氏に対する敬愛の念は世界中のファンのそれとは一線を画す特別な想いであった。日本を愛していたブレーキー氏の死を悼み、市川夫妻は、石切のとある寺院にてブレーキー氏の法要を行いそのソウル(魂)に祈りを捧げた。ご長女のエブリンさんとの親交も厚く、父同様に親日家の彼女が初めて父に伴われ日本を訪れたのは1954年。昭和天皇とも父娘で対面されたらしいが、当時黒人が天皇と面会するというのは非常に稀なことであったと聞く。今回エブリンさんは久しぶりの来日で市川夫妻と石切の寺院で再会を果たし、ともに偉大なジャズドラマー、アート・ブレーキーのソウルに祈りを捧げたのだった。
 そしてその夜、ブレーキー氏を心の師と仰ぐ市川氏とご長女でヴォーカリストのエブリンさんとの共演が湊町「B-Roxy」にて実現となった。大我も会場へ聴きに出かけた。エブリンさんはとても陽気なおばあちゃん。笑うとその笑顔が、CDジャケットなどでおなじみのアート・ブレーキーのあの笑顔とそっくりだ。その音感とオーラは父親ゆずりで、満席のオーディエンスもあっと言う間に彼女のステージに引き込まれてゆく。大我もノリノリ、舞台横のスペースでなぜかタップダンスをしまくっていた。
 2ステ目のオープンで参加した大我、タップのノリのまま「Straight, No Chaser」を演奏していると、エブリンさんが出てきて大喜び。1曲のつもりが彼女の「Play more!!」とのリクエストに答え、「A Night In Tunisia」の演奏が始まった。この日の大我は驚異的なノリでホントにぶっとび演奏だった。そのまま大喜びのエブリンさんのヴォーカルにあわせ「Moanin'」まで叩かせていただいた。
 「私のパパが生きていたら、ホントに喜んだでしょうに…」との彼女のコメントには感激した。ホント、生きていてくださったならね…(涙)
 「Oh, my handsome boy!」と何度もキッスをされて大我はちょこっと照れくさかったのだった。
Evelyn Blakey

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